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FMO1章 第1節『旅の終わり』

2024年3月19日

[作品トップ&目次]


 門矢士は、これまでいくつもの世界を救ってきた。

 楽しいこともあった。
 嬉しいこともあった。
 仲間との出会いがあった。
 敵だった者ともわかり合えた。

『おのれディケイド! ライダーってのは、何て素晴らしいんだ!』

『俺もそう思う』

 それはとても長い旅路だった。
 どこまでも続く果てなき道かもしれないとすら思っていた。
 その道の果てが、今ここにあった。

「終わる……ようやく、俺の旅が……」

 士は己が至った最期を実感して――思わず笑みが零れていた。
 ようやく、ようやくだ。己はディケイドという役割から解放される。

 門矢士は、これまで幾度も世界とライダーを破壊してきた。

 悲しいことがあった。
 つらいことがあった。
 別れがあった。
 味方が敵に回った。

『ライダーの世界は倒すか倒されるか。所詮はただの殺し合い』

 それもまた、嘘偽りのない本心だった。

 旅が己の物語なのだと理解した時、最初は嬉しかった。
 他のライダー達と同じく、自分には自分の物語があるのだと、生きる意味があるのだとわかったから。

 けど、その意味と真の重さを理解した士は、ユウスケ達と離れてまた独りになった。

 昭和ライダーとの戦いで、ファイズになることを拒絶する乾巧と出会った時、もう一度戦えとは口が裂けても言えなかった。

 旅の楽しさと同様に、戦いのつらさと虚しさを門矢士は誰よりも深く知っているから。
 戦いのない旅なら、そっちの方が良いに決まっている。

 けど、それは士に限っては絶対に与えられない幻想だった。
 終わりのない旅の物語とは、終わりなき戦いの日々。

 ライダー大戦の世界で士は、夏美達から離れて一人で全てのライダーを倒し尽くした。
 その後も、ゴーカイレッドと策謀してスーパー戦隊達を次々と倒し、平成仮面ライダーを率いて昭和ライダーと戦いもした。

 そして、時の王者にして平成仮面ライダーの王、常磐ソウゴを殺害する決意をしたのだ。

 結局、己が求められるのは、世界そのものを作り変えるような戦いばかりだった。

 ――そりゃ鳴滝みたいな奴が、俺を倒そうともするだろ。

 世界の在り方を変えるような危険人物が、延々と世界を巡り続ける。
 それに誰かを付き合わせるというのは、地獄への道連れに他ならない。
 一人で旅を続け、戦い続ける。その強さが己には必要だった。

 けれど、どれだけ士が強くあろうとしても、完璧にはなり得ない。
 だから久方ぶりに出会った懐かしき友に油断して、深い傷を負った。

 思えば、不自然な点はいくらでもあったのに、彼が別世界の殺人鬼だとギリギリまで気付けないぐらい勘が鈍っていた。
 それが原因でオーマジオウにも力及ばず、今こうして消え去ろうとしている。

 旅が終わる。
 寂しさはある。
 けれどこれでようやくディケイドから解放されると思うと、自分でも意外なくらい心は穏やかだった。

 これでもう、何も破壊しなくていいのだから――

 闇に沈んだ門矢士の意識が再び浮上した時、そこにあったのは何もない白の世界だった。
 正確に言えば地面はあり、己はそこに立っている。大気もあって呼吸は普通にできる。

 でも、それが全てだった。ただ白の一色ひといろに塗りつぶされた世界が何処までも続いている。
 そのくせに上を向けば、そこだけは憎たらしいくらい晴れ晴れとした青空が広がっていた。

「ここが地獄ってやつか? 思ったよりも殺風景だな」

 旅の果てがこの何もない白の世界なのか。それはなんとも皮肉だなと心の中で自嘲する。

「いいえ、門矢士。ここは地獄ではありません。貴方のよく知る地球――世界の一つです」

 不意の声が耳に届くと同時に、視界に闇が下りてきた。突然夜になったかのような怪現象だ。

 しかしこのまま延々と白いままよりはマシだったろう。
 それに聞こえてきたのは、随分と久しぶりの声だ。

「お前も懐かしいな、紅渡」

 彼が過去に渡った世界の一つ、キバの世界。そこにいた仮面ライダーキバのオリジナルといえる存在である。

 かつて彼は世界の融合と崩壊を止める方法として、世界を旅して破壊せよと命じた。
 始まりを伝えた男が、十数年ぶりに士の前へと現れた。

「こういった形で貴方と再会するのは、僕としても不本意です」

「そういうのはいい。要件を言え」

 その意味は士も薄々察しているが、敢えて問う。

「世界は漂白されました」

「それはどういう意味だ?」

「貴方が今さっき見たままです」

 渡は無表情で告げる。
 オーマジオウが融合させた世界だって荒涼としていたが、森や荒野はまだ残っていた。
 本当にただ真っ白で何もないなんて光景は、長い旅の中でも見たことがない。
 あれが地球の全てに起こっているなら、まさに世界の終わりを告げられたに等しい。

「何故ああなった。全ての世界がこうなのか」

「ある者達が世界の地表にあるもの、テクスチャを全て書き換えました。かつて世界にあったものはほぼ全てが喪失したと言っていいでしょう」

「なんだと……!」

「時間軸で言えば、これはある一つの世界で過去に起きた事件です。しかしこの現象は、やがて他の世界にも致命的な影響を与えるでしょう」

 周囲の暗黒にいくつもの地球が現れる。
 以前に何度か見た平行世界の映像だった。
 そして世界は次々と漂白されていく。これから起こる未来の出来事だと、これ以上ない程わかりやすく突きつけられた。

「仮面ライダーもか?」

「ええ、地球白紙化は、たとえ仮面ライダーであっても例外ではありません」

 世界を繋ぐ旅が、出会いが、全て白に塗り潰される。

「ですが、まだ抗う術は残されています」

 それはそうだろう、と士の中にある冷静な部分が判断する。
 だから紅渡はまだ存在していて、己の前に現れたのだ。

「僕を含む多くの仮面ライダーは聖杯と契約を交わしました」

「聖杯?」

「万物の願いを叶える器。そこには過去偉業をなした英雄達の魂が収められている『座』があります」

 それは士の知る仮面ライダーというシステムや力とはまったく異質なものだった。

「聖杯には人の歴史を守護できる力がある。仮面ライダーを終末への抵抗力として取り込み、彼らもそれを受け入れたのです」

「その聖杯とやらと契約するとどうなる」

「聖杯を通じて、僕達は召還されます。そして召還したマスターと契約を交わし、世界を白紙化した者達との戦いに参加できる」

 未知の話。
 そして未開の世界。
 異質にして異端。それは仮面ライダーという在り方すらも変えてしまうものだった。

 しかし、もはやそうでもしなければ抵抗することもできないのだろう。

「聖杯との契約を交わした仮面ライダー達は、ある者は召喚を待ち、ある者は戦いを始めています。仮面ライダーディケイド、貴方も聖杯と契約して戦いに参加してください」

「断る」

 即答だった。そんなものは考えるまでもない。

「俺は死んで、旅は終わった」

「聖杯のシステムに生死は関係ありません。歴史の中にある情報として英霊を取り込み形作ります。故にオーマジオウに敗れて死した貴方も今ここにいる」

「そういう問題じゃない」

 門矢士の旅は終わった。その事実と、生きてるか死んでいるかは別問題だ。

「俺にはもう、歩む道はない」

「随分と変わってしまいましたね」

「そりゃ十年以上も経てば変わりもする」

 落胆とも責めているとも取れる言葉だが、無機質な渡の声色では判断が付かない。

「貴方の身体はじき消滅します」

「だろうな」

「すべてわかった上ですか……」

 今の意識を与えたのは世界の有り様を見せるため。戦いを拒否したのなら、己はまた消えるだろう。あるべき結果に戻るだけだ。

「かつての貴方は、壊すはずの世界で仮面ライダー達と手を取り合った――貴方はまた間違った選択をしようとしている」

「ならその正解とやらを決めるのは誰だ?」

「少なくとも、かつての貴方は立ち止まることを正解とはしなかった」

 最後にそう言い残して、紅渡は去っていく、世界は再び白一色に戻っていた。
 まだ己の消滅は始まっていない。

 ――消えるまでこの世界を見て回るか。

 再び迎える死に何の感傷も抱かないまま、士は無目的に歩きだす。
 止まることを間違いだと言われたためではない。ただ暇なだけだ。

 ここまで何もないと、首にかけたトイカメラに手が向かうことすらない。
 旅のし甲斐がないな。そんな考えが頭をよぎり、すぐさまその気持ちを打ち消した。
 もう自分はその役割から解放されたのだ。

 白の世界では時間の感覚も薄れる。それでも十分以上は確実に歩いたろう。旅の間に得た体内の時計がそう知らせる。
 そこでふと、一つの建物が視界に入った。

「ほとんど残骸だな」

 屋根も壁も大部分が欠落している。
 さほど大きくはなく、しかしどこか見覚えのあるように感じて、自然と足はそちらを向いていた。

 予感はあった。そして程なくそれは現実となる。
 壁に隠れていた中には長いテーブルがあり、そこにはくたびれたトレンチコートを着込んだ男が、頭を垂れた姿で座っていた。

「やあ、士君」

「ずいぶんくだびれたな、鳴滝」

 そこで士は思い出した。この建物はオーマジオウの仕掛けたデスゲームが開催された場所だ。
 消滅から逃れた部分から推察できる間取りは同じである。白色化して崩れかかっているが、特徴的な時計台も残っている。
 あれは絶壁の島にあったが、ここはただ白が広がるだけの世界で不自然にぽつりと建っていた。

「私も君と同じだ。いささか疲れてしまった……」

 それは士に向けた言葉ではあったが、彼はただ独り言のように語っている。

「オーマジオウの元へ君を送り込んだ時、私は心の何処かでこれが最後だろうと悟っていた」

 今この場にいる鳴滝が、まだ生きているのか、それとも何かの力で一時的に存在しているだけなのかはわからない。
 しかし、今の彼はコートと同じようにくたびれきっている。

「私達は既に終わった存在だ。誰に望まれようと望まれまいと、そこは変わらない」

「俺も、そう思う……」

 いつからか、士は鳴滝に対して妙なシンパシーを感じていた。
 それは同じ旅人でも決して相容れない海東や、内心では友人として認めているユウスケとも異なる。

 あえて言葉にするなら同類。士がいる限り鳴滝がいて、まるで鏡映しのように真反対を望むが、その根にあるのは恐らく同じだ。

 ディケイドがいるから世界は救われると、士は希望とした。
 ディケイドがいるから世界は壊されると、鳴滝は憤った。

 どちらも望むのは世界の存続であり、仮面ライダーへの信頼。
 故に鳴滝とは仮面ライダーという概念を通して分かり合えた。

 鏡と向こう側の境界線上にある感覚。
 和解できたのは五年以上をかけて続いた縁の果てにあった奇跡みたいなものだ。

「私は、ある若者を見た」

 前後の脈絡を無視した話だが、士はあえて口を挟まない。

「彼は旅人だ。普通に怒り、普通に哀しみ、普通に憶病で、普通に勇気があり――仲間の手を借りてようやく立てる。未熟だが必死に道を走り続ける若者だ」

 鳴滝の視線は遠くへ向けられているようで、ここではない何処かを眺めているようだった。

「彼を見て、私は胸の中に残っている燃え滓に、再び小さな火が灯るのを感じた」

 鳴滝は振り返り、初めて士と視線を合わせる。

「君も一度、彼に会ってみないかね」

「それは、俺にまた旅をしろって意味か?」

 鳴滝は肯定も否定もしない。ただ静かに語り続ける。

「サーヴァントとなった君の身体は、戦いを放棄すれば本来すぐに消え去るものだ。だが君は紅渡の誘いを拒否しながらも、まだここにいる」

 鳴滝の言葉はまるで、ある一つの事実を指しているようだった。それは、

「君の胸にもあるはずだ。燃え滓のような微かな燻りが」

「どうだかな」

 胸の内を見透すような言葉が気に食わず、ひねくれ者はいつものようにはぐらかす。

「かつての俺なら、旅への迷いなんて、それこそ大事の前の小事だと動いたがな。今はそんな気も起らない」

「会ってみて何も感じなければそれでいい。君の燻りも完全に消えるだろう」

 その少年と会うことが、終わるための納得になる。上手い理由を与えられてしまった。

「まあいい。ここにいても暇なだけだ。そいつのツラを拝んでとっとと終わらせてやる」

 士の返答に、鳴滝は口元に微かな笑みを浮かべた。時計台に空間の歪みであるオーロラが生じる。

「ああ、見てくるがいい。彼の作る懐かしい未来を」

 言葉の意味は理解できないし、する気もない。ただ行くだけだ。
 それでも、最後の静かな呟きがオーロラに触れる最後の一押しになった。

「ディケイド、君の旅に祝福があらんことを祈る」

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