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ゴジラ-1.0【ネタバレ感想・考察】マイナスの本質と終戦直後に戦う意義

2023年11月4日

2016年、庵野秀明監督は懐かしくも革新的なゴジラを生み出した。

シン・ゴジラは純国産ゴジラとして、間違いなく新たなムーブメントを迎えた。
しかし、そこからゴジラの展開は途絶える。

新作はアニメ方面やゴジフェスでの短編作品へと偏り、いわゆる正式なナンバリングとなる実写の新作は生み出されない。
シン・ゴジラのクオリティが高過ぎて、後続が作りにくい状況になったのだ。

その後、昭和ゴジラがそうであったように、7年の時を経たシンゴジはすっかり丸くなり、水平展開されたシン・シリーズ達と共に世界の平和を守護するヒーローへと変貌した。

そこに今一度ゴジラに牙を取り戻すべく、次なるゴジラが立ち上がる。
(理由はねつ造です)

監督の山崎貴氏は過去に、有名な二つのコンテンツ『ドラえもん』と『ドラクエ』のアニメ映画で炎上している。多くのオタク達はまるで山崎氏を前科者のように扱っていた。

しかし、ストーリーや新たな映像が出るにつれ、ファン達の期待は不安から期待へと傾きだしていた。

そして遂に封切りされたゴジラ-1.0の素直な感想を、これから語ろう。

作品情報

タイトル ゴジラ-1.0
作品要素

ネタバレ無しレビュー

最初に、現在のゴジラは大きく分けて二つの要素から確立されている。
一つは何かしら大災害や人災のメタファーであり、神性すら帯びた恐怖の象徴。

もう一つは、あらゆる怪獣達の頂点に君臨し、全てを力でねじ伏せる怪獣王。
こちらが高いと俗に言う怪獣プロレスに傾向していく。

どちらに寄るかでゴジラの性質は大きく変わる。
(どちらが正しい・面白いの指標ではない)
マイナスワンのゴジラ(以下マイゴジ)は大きく前者寄りで、シンゴジと近い立ち位置だ。

両作の共通点として初代ゴジラ(1954ゴジラ)を強く意識している。
それは公開前から明らかだったため、シンゴジとの比較は避けられないことだろう。

その上で、逆に両作の相違は、こちらも大きく分けて二つある。
まずわかりやすい方は、現代と戦後という世代の違いだ。

シンゴジは現実にゴジラが現れたら日本はどう立ち向かうのかを重視した。

対してマイゴジは戦後の空気が漂う中でゴジラが現れたら、日本はどう抗うのか。
現実への虚構の侵食と、日本が脆弱な時代に怪獣が現れたらのイフは、似ていてもニュアンスが大きく異なる。

もう一つはゴジラの『意志』だ。
実はこちらの方が演出上の影響はとても大きい。

シンゴジはギョロリとした目が他者の理解や意思疎通を拒むよう、どこか超越した存在のようだった。破壊もそれこそ災害のような扱いになっている。

マイゴジは睨み付けるような恐ろしい目を、人間に向けて追いかける。
人間に対して強い敵意があり、歴代でもかなり怖い。
破壊の演出も、シンゴジに比べて襲われる側の恐怖がかなり強調されている。
劇中から漂う絶望感はシンゴジよりも大きい。

1954ゴジラ時代は怪獣の概念が真新しく、パニックムービー的なホラー映画でもあった。
マイゴジは初代の『恐怖』を引き継いだ作品なのだ。

またマイゴジはゴジラを中心の軸として、登場人物達の様々な感情が渦巻く人間ドラマの要素も強い。

勿論その中には感動も含まれる。
山崎監督はドラえもんを擦って『ドラ泣き』を侮蔑表現としてよく使われている。『三丁目の夕日』シリーズの監督であることも手伝い、感動ポルノ的なニュアンスで扱う人もいる。

これらから発展して『ゴジ泣き』はやめてほしいと言われていた。
ドラ泣きを本来の意味として扱うならば、『ゴジ泣きで何が悪い』が本作評価としてド直球な回答だろう。
丁寧な人物描写と展開で泣かせるならば、それは間違いなく作品として成功だ。

1954ゴジラは怪獣のパニックホラーと人間ドラマを両立させたからこそ高い評価を得た。
つまり、より王道的に初代を意識しているのがマイゴジだとも言えるだろう。

ただ、王道故に未知の衝撃や予想困難な展開はあまりなかった。
(ある意味では冒頭が一番衝撃的かつ興味深い展開が多かったので、こちらはネタバレ有りパートで語る)
むしろ時々、王道によくあるご都合展開な部分も見受けられた。

例えば、ゴジラを個体や物語の特徴単位で面白おかしく語る場合、マイゴジはシンゴジにはどう足掻いても勝てない。

加えて、シンゴジの後に出てきたアニメゴジラ達は、いずれも外見や設定で個性派だ。これも実写ゴジラの新作が現れにくかった要因の一つであると思われる。
つまりシンゴジが驚異の人気を生み出したケレン味の面で、マイゴジはやや弱いのだ。

とは言えだ。そもそも使徒みてーなのにケレン味で勝つことは、映画の興行収入やその後のメディア展開としては大事かもしれないが、ゴジラとして正しいのかは全く別の話である。

なにより、再び7年も新作を待つことになるのは出来れば避けたい。

また、今作のゴジラは街中で派手に暴れるシーンはそんなに多くない。
『これこそゴジラのカタルシス!』と思う人には少し物足りないかも。
けれど、マイゴジはその分海上戦でのシーンと演出が豊富だった。

古い東宝特撮のプールを使ったダイナミックな撮影を、現代の最先端技術で進化させたようなゴジラの映像は素晴らしい。

それに海上演出は、日本の敗戦後設定だからこそ使える画も多かった。
この辺り、ミリオタにとっては特別感慨深いシーンであるかもしれない。

マイゴジの持ち味は王道ゴジラとしてめちゃくちゃクオリティが高いこと。
そしてシンゴジとはまた異なる視点で初代ゴジラをオマージュした作品だ。

シン・ゴジラとは異なる、王道的なゴジラの完成度と面白さを追求している。
キチンと『ゴジラ』をしながら、VFXも現代日本の最先端と言っても過言ではない。

普段映画を観ない人が、ゴジラの新作だからと気軽に足を運んでも問題なく楽しめる。

そしてゴジラシリーズが好きな人やゴジラ本来の恐ろしさと絶望感を味わいたい人には是非オススメしたい逸品。

ゴジラの絶望感

シンゴジ以降のゴジラは多段式に変化するパターンが多く、マイゴジも二段階に分かれている。
最初に出てくるゴジラは、体長15メートル程でまさに密かに生き延びてきた恐竜的な存在だ。
公式だとこの段階は呉爾羅と漢字表記になっている。

これが巨大化後とはまた違う恐怖心を生み出していた。
巨大過ぎるとかえって現実味が薄れていくけれど、あのサイズだと本能的な恐怖が湧き上がる。

私はティラノサウルスに追いかけられるVRゲームをしたことがあり、敷島が固まってしまう恐怖心は共感できた。

ギリギリ人間を個体と認識して襲えるサイズで、相対した者は呉爾羅から剥き出しの敵意をぶつけられる。
また何度か噛み付くシーンが出てくるが、いずれもそのまま捕食はせず投げ捨てていた。

つまり呉爾羅は自然の摂理として人間を食らうのではなく、明確に『攻撃対象』として害しているのだ。
これによって人類に対する敵愾心が明確化する。これを冒頭に描いた意味は大きい。

呉爾羅はビキニ環礁の核実験(ビキニロード作戦)で被爆する。
高い再生力を持つ呉爾羅だが、核によって体を焼き尽くされ細胞を放射線物質により汚染されてしまう。

結果、表皮の細胞は大量のエラーを起こし、暴走による巨大化が起こり『ゴジラ』となった。
なお、この辺の設定は劇中ではほとんど省略されており、パンフレットにてザックリと記載されている。

呉爾羅の敵愾心があったからこそ、新生丸が直接ターゲットにされて追われる描写で、より一層恐怖と緊迫感が増す。
『このゴジラはマジで容赦しない』という意識が植え付けられていた。

マイゴジがゴジラと化した後は、敵愾心に加えて圧倒的な絶望感を見せられる。
新生丸を助けるように現れた高雄。
しかし重巡洋艦ですらまるで歯が立たずあえなく轟沈する。

ゴジラシリーズでは軍が一蹴されるなんて珍しくもないが、戦争を乗り越え駆けつけた軍艦は日本にとってまさしく希望の光。それがあっという間に沈められるのだ。

そしてゴジラは東京に来襲して銀座を蹂躙。
この際には、これまでのゴジラでは大部分がボカされていた、直接的に犠牲となる人達の姿が描写されている。
逃げ遅れて踏み潰される人々。
尻尾を振るえばそれだけで建物が倒壊して、多くの人達が潰される。

それでも必死に逃げていた者達が、熱線一つの後にはもう誰もいない。
後に残るのは、やっと復興しかけていた町並みが再び瓦礫の山と化した光景。
神の獣は容赦なく『人間』を蹂躙する。

ゴジラとは戦争のメタファー

シンゴジは3.11の津波と、原発事故がモチーフとなった大災害のメタファーだ。
1954ゴジラは当時の社会に再び現れた核への不安と、復興した社会に生きる人々が抱く、戦争で死んだ人達への罪悪感。謂わば英霊達の亡霊とも言える存在だった。

マイゴジは1954ゴジラに近い、戦争そのもののメタファーである。
主人公の敷島は特攻隊でありながら死の恐怖に駆られて逃げ出した。
そこで呉爾羅と遭遇するも、またも恐怖から零戦の20ミリ砲を撃てず、その場にいた部隊は一人を残して全滅する。

その後、敷島は呉爾羅の事件が深いトラウマとなって、毎晩の様に悪夢を見る生活が続いた。
戦争を終えても、敷島は特攻から逃げた自分を責める声に苛まれ、それが呉爾羅に強く重なっている。

それに伴いゴジラの熱線も原子爆弾を強く意識したものになっている。
熱線を吐く時に、ゴジラの背びれが発光しながら隆起していき、発射の寸前に元へと戻る。
これは、核物質を爆薬でひとまとめにして臨界を超える構造を意識した演出だ。

また、兵器に詳しい人やはだしのゲンを見た人なら知っているかもしれないが、原子爆弾の恐ろしさは熱と放射能だけではない。
その後の衝撃波がとてつもない大被害を生んだ。

爆心地から500メートル辺りで、1平方メートルあたり約11トン。
3トントラックが50キロで突っ込んでくる倍以上の衝撃が、その空間すべてに吹き荒れると言えば分かりやすいだろうか。
単純に熱線の直撃を受ける人々ではなく、その後の衝撃波でこそ大量の犠牲者を描いたのは、この再現だろうと私は思っている。

戦争のメタファーとしてゴジラを考察するならば、キャッチフレーズの『無(ゼロ)から負(マイナス)へ』も掘り下げるべきだろう。
終戦直後の日本と言われているが、本作の舞台は厳密にいえば戦後から復興に至るまでの混乱期である。

終戦直後の日本は、何もない焼け野原という表現がよく使われている。
それは決して間違いではないのだが、現実は何にもない風景というよりは破壊された瓦礫の山があり、その光景は敷島が故郷に帰った直後のシーンでも描かれていた。
この瓦礫自体が実はものすごく大きな問題でもあった。

というのも、終戦直後の日本に瓦礫を撤去する重機なんて当たり前のようにない。
あの大量の瓦礫は人の手で撤去するしかなかった。これだけでも十分過ぎる程に気の遠くなる作業なのは容易に想像できよう。

そんな重労働が当たり前の中で、人々は常に餓えており、慢性的な栄養失調だった。
闇市では国が定めた基準の価格と比べて、冗談みたいな値段が付けられている。

これを少しでも改善するため、国会議員達が国会議事堂の前をイモ畑にしてせっせと世話をしていた資料も残っている。
劇中で日本は食糧補給を雑に扱って戦地での餓死者を大量に出した話が出ていたが、そうなるぐらいに国は深刻な食糧難だった証左だ。

それらの苦痛から逃げるため麻薬が大流行した。当時はヒロポンと呼ばれる薬が町で普通に買えた。
これは魔法のように疲労がポンと取れるため付けられた俗称で、完全に覚醒剤であり、国が何度も規制をかけて販売を強引に止めた程だ。これが後の麻薬取締法へと繋がり現在に至る。

そんな状況のため親を亡くした多くの子供達は犯罪や非行に走り、窃盗は当たり前。町中で堂々とタバコを吸ったり、ヒロポン漬けになったりする児童も後を絶たなかった。

米兵が子供達にチョコや菓子をばら撒いた話は有名だが、これは気まぐれな優しさではなく、日本人を懐柔するための明確な戦略だ。
子供達がギブミーチョコと取り付くのも納得しかない。

この現実を知れば、敷島を強く責めていた澄子が赤ん坊のためなけなしの白米を渡すシーンが、『お、実は優しい人なんじゃん』みたいな軽い美談じゃ済まないのはよくわかるだろう。

白米は闇市ならば基準価格に対してざっと140倍だ。
大人なら何でも食べて生きていけるなんてのは建前で、本当になんとか赤ん坊を生かすために大事な生きる糧を差し出した。

ちなみに食糧以外もやっぱり容赦はなく、途中で出てきたカメラを闇市で買うなら札束を払うのは当たり前である。

この状況が、劇中では短期間で改善されていくわけだが、それらは国と人々がなんとか立ち上がろうと必死にもがいてきた結果だ。

そしてゴジラは一度現れると、数万人規模の被害者を出しながら町一つをあっという間に瓦礫の山まで戻す。それも放射能を周囲に撒き散らしながら。

【感想・考察】ゴジラ-1.0 王道を往くマイナスの本質とは

ゼロからもう一度築こうとする日本を、戦争のメタファーがそれ以下のマイナスへと陥らせる。これが本作でのゴジラという存在なのだ。

生きて抗えの本質

ゴジラVS一般市民

まさに人の心がないマイゴジ。
戦後の日本でこれに対抗できるのは市民だけだった。

アメリカはソ連との衝突を理由にさっさと手を引く。
日本もGHQに睨まれ軍を動かせない。
史実でもマッカーサーは日本から徹底的に武力を取り上げるよう動いており、現実的に考えるならソ連だけが理由ではなく、日本に再び戦う力を絶対に与えたくない意図もあったと思われる。

とはいえ、ここは理由よりも日本VSゴジラではなく、『市民達がゴジラに立ち向かう』設定のためお膳立てされた世界観の方が大事だ。

物資も乏しく、武器らしい武器もごく僅かしかない。
最も日本が脆弱な時代で、人々はどうゴジラに立ち向かうのか。
そのメンタリティと合わせて、物語の面白さがそこに収束されていく。

ゴジラと戦う方法はこの時代と物資で可能でなければいけない。
そのため、歴代の中でもリアリティ味のある作戦になっている……いやまぁ、ゴジラが未知数過ぎることもあり、穴だらけではあるのだけど。

むしろその穴だらけの脆さを劇中で指摘して積極的にツッコミを入れることで、現実感とそれでもやるしかない雰囲気作りを行っている。

そしてゴジラと直接戦うのは軍じゃないことも、本作にとってはとても重要な意味を持つ。
ゴジラが戦争のメタファーであるなら、軍とは戦争を起こして戦ったそのものである。
メタファーに実物をぶつけてもそれは物語にならない。
1954ゴジラは戦死者達の亡霊的な立ち位置だから、軍との戦いが成り立っていた。

戦争を経てきた者達が、兵士という立場を捨てて、もう一度市民として戦争と向き合う。
そして彼らはゴジラ(戦争)に立ち向かうことは必要としながらも、日本の戦争を否定した。

それが本当に必要な戦いならば、誰かがババを引かねばならない。
これ自体は戦争に限った話ではないだろう。

例えば仕事だ。
夢や好きを仕事にすることは理想とされるが、現実にそれを達成できている者はほんの一握り。
ほとんどの人は、誰もやりたくないことを引き受けることで対価を得ている。

大切なものを守るために我が身を捧げる。
日本人の自己犠牲を美徳とする性質だ。
たとえその結果死に至るとしても、自分達しかやれる者がいないならやるしかない。

それでもだ。
日本の戦争は兵士達の犠牲が前提になることが多かった。
食糧や補給の乏しさから病症や餓死者が多く、戦闘機には最低限の脱出装置すらない。
勝つための犠牲をあまりに受容し過ぎた。

犠牲が出ることは仕方ないとしても、だからと言って最初からそれを前提にするのは話が別だ。
だから戦争を否定しながら戦う彼らは、犠牲を出さない戦いこそを美徳とした。

そのため、戦争を知らない四郎はその輪からはじかれる。
戦争を知らない者は、知らないままに未来へ進めばいい。

しかし彼はそれでも自分もその輪に入ることを選んだ。
四郎は一度ゴジラと相対して、へたり込むぐらいの恐怖を覚えた。
それでも、知らないまま無責任に軽口を叩くのではなく、知って理解する側に立とうとしたのだ。

知らねば敬意も恐怖も感謝も持てない。やがては教訓も薄れていく。
四郎とは、戦争を知らない者達の代表であり、知ろうとする者でもあったと思う。

終わった戦争にもう一度向き合う者。
知らぬ間に終わった戦争を知ろうとする者。

けれど、中にはまだ戦争が終わっていない者達がいた。

戦争の中で大きな後悔を抱えたまま、それに縛られ続ける者。
それが敷島浩一である。

敷島の贖罪と終戦

特攻隊から逃げて、生きて帰ってきたことを責められた。
呉爾羅と戦えず、仲間の死の責任を突き付けられた。
生きて帰ることを望んだ母は、自分が戻ってくる前に亡くなっていた。

生き延びたことに対する後悔が押し寄せてくる。
そのせいで、戦後新たに手にした絆を受け入れることができずにいた。

それを失いかけたことで心の中にあったものを吐露して、戦争に向き合う切っ掛けを得る。
しかし、ゴジラ(戦争)がそれを許さなかった。

自分の戦争を終わらせるためにゴジラ(戦争)と向き合う。
そう決意して、敷島はもう一人の戦争を終わらせられない者、橘を引き込んだ。

彼なら自分の無念と、今更の覚悟を理解してくれる。
それは敷島にとって過去への懺悔と罪の清算でもあったろう。

では橘はどうだったろうか。
敷島に怒りと責任をぶつけた彼もまた、心の中では生き残ってしまったことを悔いているのではないだろうか。

仲間を一人も助けられず、自分だけが生きている。後悔と罪悪感に苛まれる日々。
仲間の敵であるゴジラを倒す。復讐が彼の戦争を終える手段となり得る。
敷島はそう思ったのではないか。

しかし、それだけではなかった。
彼は敷島が大切な者を守るため戦う覚悟を宿したのを確かにみた。
その時点で、橘にとって敷島は同じ無念を共有する仲間になったのだ。

共に戦う仲間を生かして帰す。
戦争の犠牲を受容しない。
それが叶った時にこそ、橘は戦争を終えられる。

そして生きて帰った敷島は再び大切な人と再会する。
彼にとっての戦争の終わりとは死ではない。

死を望む生きたがりが、自分の生を肯定することだった。

戦争を終わらせて未来へと歩み始める。
これはマイナスをゼロにする物語だ。


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