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FMO1章 第2節『トール・テイルのヒーロー』≫1

2024年3月20日

[作品トップ&目次]


 空は朝でも昼でも薄暗く、吹き抜ける吹雪は常に肌を裂くような冷気を伴う。普通の人間なら絶対に耐えられない極寒の地。
 藤丸立香は魔術によって強化された特殊な礼装を身に纏い、雪原を踏みしめ進んでいた。

 歩いた足跡はすぐまた雪に埋もれて消えていく。彼の後ろには何も残らない。
 それはまるで、これまでの旅路のようだった。

 2017年12月31日。カルデアは崩壊した。
 魔術王を相手に、世界焼却を防いだ人類最後の砦。それが今や全ての機能を失い、核である地球環境モデル『カルデアス』までも凍結させられた。

 多くの犠牲を出しながらからくも生き残ったカルデアの局員達は、虚数の時空を潜る潜水艇シャドウ・ボーダーに乗り込み逃走。
 そして敵との僅かな縁を辿り、永久の凍土帝国へと浮上したのだった。

 そこに待ち受けていたのは、人類では到底生存できないだろう過酷な環境下と、そこで生きるヤガと呼ばれる人間とは異なる種族。
 これまで経てきた、人類史の歪みを修整する旅とは明らかに異なる状況だった。

 なんとかパツシィという現地協力者こそ得たものの、状況は一向に好転しない。
 物資は最低限も満たせておらず、潜水艇の修理もままならない状況。そして、共に戦った英霊仲間達は未だ一人も再召喚できていない。

 何より悔しかったのはコヤンスカヤのことだ。
 カルデア崩壊の立役者である謎の美女。必死に生きようとしているヤガ達の気持ちを踏みにじる、残虐非道な彼女の行為を、立香は見ているだけしかできなかった。
 たとえ一度世界を救ったのだとしても、自分は所詮凡人だと思い知らされる。

 いつか、世界焼却の任を受けた時、Dr.ロマ二は藤丸立香に問うた。
 たった一人で、君にカルデアの、人類の未来を背負う覚悟はあるかと。

 彼は答えた。

『覚悟なんてない』

 そう、はっきりと返した。
 ただの一般人としてごく普通の家庭で育ってきて、たまたまレイシフトの適性を持っていたから連れてこられただけ。
 48人目のマスターは予備。ただのおまけ。

『そんな使命、俺にはあまりに大きすぎる責任だ』

 それでも……それでも嫌だ。
 受け入れたくない。
 世界が燃えて、家族が、友達が、何も残らず全て焼き尽くされる未来なんて、嫌だ。

『だから背負います。それが自分にできることなら。俺は覚悟して戦います!』

 そうして、立香の長い旅が始まった。

「先輩? 大丈夫ですか?」

 ふと、聞き慣れた少女の声が、沈んでいた思考へと割って入った。

「ああ、マシュ。心配してくれてありがとう。大丈夫だよ」

 あれからずっと隣で共に戦い、戦えなくなってもサポートし続けてくれた、相棒ともいえる少女に微笑み返す。
 あの当時は、自分にできることをひたすらこなして、ただただ必死に走り続けた。

 しかし、今ならわかる。
 いや、わかってはいたけど、こうなったら改めて強く感じる。

 カルデアの局員達が必死に後ろから支えてくれていた。
 本当にたくさんの英霊達が、歴史を守るため力を貸してくれたおかげで走ってこれた。

「顔色がよくなさそうでしたので……」

「少し昔のことを思い出していただけだから」

 今は違う。
 世界焼却を防いだ英霊達は、役割を果たして消えた。
 その後に起きたカルデア崩壊で、多くのスタッフが犠牲となって死んだ。英霊達も役割を果たして消えてしまった。

 残り半数以下になって身も心も疲弊しているスタッフ達と、その身に宿っていた英霊が去ったことで、戦いが大きな負担となってしまうマシュ。
 世界焼却だって絶望的な戦いだったのに、今はそれ以上に過酷な状況だ。

「戦いを終えて帰還した、英霊みなさん達のことでしょうか」

「うん、それにカルデアの皆も」

 恐い。今も寒さとは違う理由で震えだしそうだ。

 長い戦いの中で立香は知った。
 戦いの恐さ。
 仲間を失う悲しみ。
 そして自分の無力さ。

 立香の努力と戦いは、どれも自分一人ではこなせないものばかりだった。それを理解してしまったなら、もうかつてのようには走れない。

「そうですね。皆さんがあの頃のようにいてくれたら、きっと……」

「だけど、ううん。だからこそさ」

 諦められない。
 諦めたくないから。
 そう思えるだけの意地は、まだ胸の中にある。

「一歩ずつ、俺達のできることをやろう」

 ここで諦めてしまったら、共に戦ってくれた英霊達の頑張りが無駄になってしまう。彼らと共に拓いてきた道を、ここで途切れさせたくない。

「はい! その、わたしだけではとても頼りないとは思いますが、専属サーヴァントとして全力でマスターのサポートを務めます」

「頼りなくなんてないよ。後輩マシュがいてくれるから、先輩オレも頑張れるんだ」

「先輩……」

 何より、今もそばにいて自分を支えてくれる大切なパートナーの心を、彼女の信頼を裏切りたくない。

 だから、やる。
 走れなくても歩くことはできる。

 自分にできることを一つずつ。
 たとえ歩幅は小さくても一歩ずつ。
 進むことを諦めない。

「それに、もうすぐ英霊達みなさんの一人と再会できます」

「うん。誰が召還されるかはわからないけど、誰であってもきっとまた俺達の力になってくれる」

「はい。わたしも同じ気持ちです」

 電力を貯蓄した霊基グラフのトランクを手に、洞窟の中へと入る。
 召喚に適した場所へパツシィに案内してもらって、たった一度きりだが召喚の機会を得られた。
 いつ切れるとも知れないか細い糸だけれど、吹き荒れる嵐の中で握り締め続けて、ようやく手に入れたチャンス。

「マスター、準備は完了しています。蓄電量も十分。一度だけなら召還できます!」

「ああ、始めよう」

 吹雪も届かない洞窟の奥で、立香は右手を突き出して召還の呪文を唱え出す。
 紡ぐ言葉は、世界救済を諦めない者の誓いだ。

 以前は、魔術師の悲願である根源への到達を目指し使われたフェイトシステム。
 しかし歴史の焼却という未曾有の危機においては、世界を救う意志を持った英雄達を喚び出す救済の力となった。それは歴史が白紙になっても変わらない。英雄達はいつだって、人々の願いを背に、世の不条理に立ち向かう。

 虹の色彩を伴い、三つの輪に囲われながら一筋の青き光が立ち昇る。これが反撃の始まり。そのはずだ。

 激しい光が収まりだして、その中にいる者のシルエットが見えてくる。立っていたのは一人の青年だった。
 その姿に、立香とマシュは驚きと困惑を覚える。

「召喚は成功した……けど」

「霊基グラフに保存されていないサーヴァントです、先輩」

 茶に染められた髪と風貌は日本人のそれだ。それもかなり近代に寄っている。
 着飾っている衣服も、現代日本のファッションそのもの。現代適応率の高いサーヴァントなら、こういう格好をする者も中にはいる。それを差し引いても、彼はかなり異質の雰囲気を放っていた。

「何処だここは?」

 青年は周囲を確認するように見回している。
 困惑から先に立ち直ったマシュが、立香をサポートせんと率先して青年の前へ立つ。

「失礼します。貴方のクラスと真名をお教えいただけませんか……?」

「はぁ? 真名……名前か? おい、人に名前を尋ねる時は、まず自分から名乗れと教わらなかったか?」

 彼女が名前とクラスを尋ねると、青年は尊大な態度で質問を質問で返す。
 偉そうと思ったら実際に王様だったり神様だったり、なんてこともよくあるのがサーヴァントだ。正体もわからない相手に対して、マシュはすぐ頭を下げて自分から名乗る。

「失礼いたしました。わたしはマシュ・キリエライト。疑似サーヴァントで、クラスはシールダーです。こちらは貴方を召喚したマスターの……」

「藤丸立香です」

 慌てて立香も頭を下げて自己紹介した。
 同じ日本人だとしても、まず年上だろう。自然とかしこまり敬語になった。

「召喚だと? 渡も召喚がどうとか言ってたな」

 青年は何やら独り言のようにぶつくさと呟いている。

「お、おい、お前何者だ! どこから来た!」

「パツシィさん! どうしてここに?」

 青年がパツシィに対して怪訝そうな視線を向けている。
 サポートメンバーのホームズが、先んじて通信越しに洞窟から出ていてほしいと頼んだはずだったが、隠れて召喚の儀式を見てしまったのだろう。向こうもわけがわからず混乱しているようだ。

「あいつは、怪人か?」

「え? 怪人? いや、そういうわけじゃ……」

 怪人というよりは狼の獣人という見た目だ。
 しかし何も知らなければ怪物だと思ってしまうのも無理はない。

 現代日本人らしき人物の召喚。
 ヤガと呼ばれる獣人が住まう歴史。

 状況が色々と予想外と急展開過ぎて、立香も戸惑いを隠せない。
 通信の向こうでは召還を見たパツシィをどうするかであれこれと話し合いが起きていて、こっちのフォローどころではないようだ。

「ふん、お仲間も連れてきたか」

「仲間だと? こいつら……!」

 青年がパツシィの後ろを指差すと、洞窟へと侵入してきた三匹の魔獣――クリチャーチが現れた。恐らく彼の後を付いてきたのだろう。

「結局こうなるか……」

 青年はどこからか取り出した白いバックルらしきものを腰にかざすと、ベルトの帯が展開して腰に巻き付いた。

「なんだそれは! それも魔術師の秘儀ってのか」

 自分が敵対視されていることに気付いたのだろう、パツシィは睨み銃を構えて警戒を強めている。

「二人共、ちょっと待って」

 銃も立香の言葉も意に介さず、青年はカードを一枚取り出した。

「くそ、何なんだよお前は!」

「通りすがりの仮面ライダーだ……別に覚えなくていい」

『Kamen Ride――』

「変身」

『Decade!!』

 ベルトのバックルにカードを差し込み、挿入口を閉じると、男が叫ぶような音声が鳴り響いた。

 その瞬間、青年の姿が変化する。
 いくつものシルエットが現れて、像を結ぶように彼と重なった。
 独特な形状の黒いスーツを身に纏い、頭部にバーコードのようなパネルが嵌め込まれていきながら、スーツがマゼンタカラーへと染まる。
 完成したスーツの名は仮面ライダー。異形なる戦士だった。

「下がってろ」

 少なくとも立香は敵ではないと考えているのだろう。
 声をかけながら腰に装着された箱型の銃を取ると、こちらへ突進してくるクリチャーチの一匹へと発砲した。

「ガアァァァ!」

 光弾が肩に当たると肩が爆ぜる。足に当たると足が爆ぜる。
 痛みに身を捩るクリチャーチへ更に数発の弾丸を打ち込むと、その一撃は頭部に直撃して完全に沈黙させた。

「すごい……」

 マシュが思わずそうこぼす。

 あんな形状で、あんな光弾を飛ばす銃は見たことがない。
 明らかなオーバーテクノロジー。思いつく一番近しい存在はセイバーXやそのオルタが住まう、別宇宙の者達だろうか。

「グルルゥ……」

 しかしクリチャーチはまだ残っている。
 戦士の銃が、今度は剣へと形状を変えて、次の一匹へと斬りかかった。

「ハァッ!」

 魔獣が鋭く伸びるの角を振り下ろすが、それを戦士の剣が容易く切り払う。
 切断された角は飛ばされ、近くの地面に突き刺さる。その間に、今度は魔獣の首が斬り落とされていた。

「気を付けて、残りが!」

 最後の一匹が猛スピードで突進して襲いかかろうとしていた。
 彼は焦ること無く飛び退くように突進を回避。
 剣の箱型になっている部分を開き、新たなカードを抜き取ると、さっきのようにベルトへと差し込む。

『Attack Ride――Slash!!』

 音声が響くと戦士は残像が見える程に急加速。追うように突っ込んでくるクリチャーチを、瞬く間に斬り裂き倒してのけた。

 厳しい環境下に適応して生き残ってきた魔物達が、まるで問題にならない強さだ。

「残るはお前だけだな」

「クソったれ!」

 パツシィは戦士の視線を受けてヤケクソ気味に銃を向けるが、それより早く距離を詰められてしまい、剣が振り下ろされた。
 人より強靭な肉体を持つヤガの彼も、思わず恐怖で目を瞑って身を縮こまらせる。
 だが、数秒経過してもその身に刃が振れることはなかった。

「お前……」

 パツシィの眼前にいたのは、あの戦士ではなく立香だった。彼に背を向けて庇うように両手を広げている。
 戦士の刃は立香の眼前で止まっていた。

「この人……パツシィさんは敵じゃないよ」

「みたいだな」

 一言だけ返すと、悪びれた様子もなく戦士は身を引きながら剣を下ろす。

「マスター、今のは無茶です!」

『そうだよ立香君! もし剣が止まっていなかったら今頃は……』

 マシュと共に、通信から幼い少女の声が聞こえてきた。
 それは中身の精神は全く幼くはないどころか、性別さえも異なるダ・ヴィンチのものだ。

「それはないよ」

 しかし立香は言い切った。
 彼は知っている。その名を。そしてそれが持つ意味を。

「だって、この人は名乗ったから」

 かつてアメリカの辺境にトール・テイルと呼ばれるホラ話があったように、日本にもある都市伝説フォークロアが存在した。
 悪の組織や怪物達が影から人々を襲う中で、同じく人知れず人間の自由と平和を守るヒーロー達。彼らは様々な形状をして固有の力を持っているが、その名前はある統一性を持っている。それが、

「仮面ライダーだって……!」

 マゼンタ色の戦士――仮面ライダーはスーツを解除して元の姿へと戻った。

「お前は仮面ライダーを知っているのか?」

「都市伝説の物語として、ですけど」

「ここはそういう世界か……」

 男はじろりと立香を足元から顔までなめ回すように見つめる。

「お前が世界を救う旅人ってやつか」

「はい。マスターの藤丸立香です」

「俺の名は門矢士。お前の言う都市伝説ってのなら、仮面ライダーディケイドだ。今はまだ、な」

 そして通りすがった彼は、その場へ留まるようにもう一度、自らの名を口にしたのだった。


(元ネタ知らない人向け補足)
藤丸立香の世界での仮面ライダー認知度はフォーゼ基準の設定です。

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