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FMO1章 第8節『夢路の外で世界は回る』≫2

2024年4月21日

[作品トップ&目次]


 神父――言峰綺礼がイヴァン雷帝に呼び出されたのは、コヤンスカヤが去って暫くしてからだった。
 いつも彼はマカリー司祭として、皇帝ツァーリの元へと出向く。

 彼もまたサーヴァントであるが、クリプタ―が召喚した者ではない。
 神父は『異星の神』が使徒として遣わせた者達だ。

 『異星の神』はクリプタ―達に歴史の漂白と異聞帯ロストベルトによる書き換えを命じた存在である。
 使徒はクリプターの協力者ではあるものの、リーダー格であるヴォーダイムですら彼らは制御できない。

 そういう都合を使徒達は各々に利用している。
 そのため、神父が本当は何の目的と考えを持ってここにいるのか、読める者は誰もいない。
 たとえごく最近まで滞在していたコヤンスカヤであってもだ。

「そこにいるな、『キバ』よ」

 皇帝ツァーリの寝所に入った神父は、ベッドの傍らでバイオリンを奏でる男へと声をかけた。
 『キバ』は変身して纏う特有の鎧を着込んだ姿で、視線だけを神父へと移す。

「そう睨むな。枢機卿として外征の報告に来た」

 バイオリンの音が止まる。
 けれど、鎧越しに視線はじっと神父へと向けられたままだ。

「そう大事にするつもりはない。少し前に皇帝ツァーリは怒りに任せて村を一つ叩き潰した。そのことを大いに後悔なされていてね。当分は無心の祈りに身を捧げるだろう」

「……それで? 用件は?」

 皇帝ツァーリではなく、自分を呼んだ理由を『キバ』は問うている。

「サーヴァントとして現界した気分はどうかな?」

 『キバ』は答えない。ただ静かにバイオリンを下ろした。
 静かな殺気が肌を撫でるが、襲いかかってくるような気配はない。
 話は聞くが信用すると思うな。そういう警告だと理解して神父は続ける。

「君は本来、サーヴァントになる資格を持たない」

 仮面ライダーとは本来、座に登録されていた存在ではない。白紙化という世界崩壊から始まった、抑止力とライダー達による偉業にして異形なる共同事業のような産物だった。

「理由は異なるが私も同じようなものだ。適合する者の体を得てサーヴァントとなった」

 そして、それが言峰綺礼という男である。
 この場においてマカリー司祭と喚ばれながら、彼の体躯と容姿は日本人のそれだ。

「用件は?」

 回りくどさを嫌ったのか、もう一度『キバ』が問う。

 体よく制御下に置いたのはいいが、変異した性質が彼本来の人間性を歪めている。
 これはこれで厄介なものだと、神父は肩を竦めて本題を切り出す。

「ここでバイオリンを弾き続けることがサーヴァント本来の役割ではあるまい。殺戮猟兵オプリチニキと共にヤガ・カザンへ迎え。元貴族の賊軍どもが街を支配下に置いた。速やかに殲滅させたまえ」

皇帝ツァーリを眠らせる役目を放棄しろと?」

「その間の慰労は私が担当する。皇帝ツァーリの安寧を保つのに不足はないさ」

 神父の返答を聞いて『キバ』が鎧を解除した。皇帝ツァーリに眠りを与える役を下りた意思表示だろう。
 鎧の中身は日本人だった。名に、鎧の色と同じく『紅』の名を持つ青年の姿だ。

「この地は地獄……救いがたい程に」

「君の勤労次第で、更なる地獄に陥ることは避けられる」

「そうして続くものは――」

 また地獄。

 それだけを呟いて『キバ』は寝所を出ていった。
 部屋に残った神父はベッドへと歩を進める。

 ●

 音楽が消えた。
 そして音が聞こえる。
 コツコツと、近づいてくる。余の世界が壊れる音だ。
 いや、こちらが本当の世界か。

「我がそばに寄るのは、おお、マカリー神父ではないか」

「ご機嫌麗しゅう、皇帝ツァーリ。今日もまた、一段と顔色がよろしいようで何よりです」

「我が愛しき妻……アナスタシアから聞いている。余の代わりに諸国を巡り、平和と余への崇敬を説いてくれているそうだな」

皇帝ツァーリの威光も、辺境の地までは届きにくい。であれば、私が向かうのは当然でしょう」

 ああ、そなたならば安心して任せられる。

「ですが、私もこの通り老体。貴方の代わりはいつまでも務まらない。一刻も早く傷を癒やし、直接貴方のお姿を見せて臣民達を安心させておやりなさい」

 おお、これは手厳しい。
 だがその通りだとも。

「余を叱りつける者など、広きロシアの中でもそなたのみであろう」

 瞼を閉じる。
 世界が広がる。
 夢の、そう夢のようなかつての我がロシアだ。

 アナスタシアよ。
 我が愛。我が光。アナスタシア……。
 余はお前のために平和を求むるのだ。
 永遠の平和を。
 永遠のロシアを。

「マカリー……信じるに値する我が師よ。辺境は、未だに荒れ果てた地のままであるか?」

「いいえ。ヤガ達は皆皇帝ツァーリに敬服しております。親衛隊が厳重に見て回っているお陰でしょう。ただ、いささか数が足りないようで」

 ふむ、そうか。
 足りぬのならば、数を増やそう。

「増員した殺戮猟兵オプリチニキを辺境にも向かわせるが、それでよいか?」

「ありがとうございます。これで皇帝の大いなる寵愛を、全てのヤガ達が受けられるでしょう」

「……全て、か。なあ、許せ、マカリー。余は恐ろしいのだ」

「なんと?」

「余は既に四百五十年生きた。これからも続く。永遠に生きるだろう」

 だが、どうだ。
 この現状はどうなっておるか。

「余の、皇帝ツァーリの威光はまだ届かぬ。遍く世界全土に、吹きすさぶ吹雪にも負けぬ愛を、ヤガ達へと届けねば」

 そのためには、悪しき者共を残らず消しらさらねばならぬ。

「余はな、聞いたのだ。神の啓示を。異境の神であれ、あれは我らの知る神と同じ存在だ。その神が申されたのだ、異聞を広めよと」

 そうして、排除せよとも。

「正しき人理などとほざき、我らを救わなかった者達。忌々しき星見のどもカルデアどもを消し去れと申しされた……!」

 ならば啓示に応え、この地に降り立った汚物を全て消し去ろう。
 
「しかしてな、余が動くことはできぬ。既に余は、怒りに身を任せ動くという愚を犯した。そうして、村の一つが滅びた」

「お気になさるべきではない。彼らは皇帝ツァーリに敬意を払わなかったヤガ達です」

 そうかもしれぬな。
 だが、そうなった因果はどこからきたのか。

「それも余に世界を照らす力があれば起こらなかったであろう」

 届かぬ。
 まだ余には力が満ちておらぬ。
 ここで夢路とうつつを渡り続けておるのも……。

「『異星の神』はこの地に救いをもたらしたのだ。他の異聞帯と競い、戦う力を与えた。空想の樹……。その恩恵によって、世界は遍くロシアと等しくなる」

 しかし、それで良いのか。
 その先には何があるというのだ?

「世界を統べるべきは余だ。それは不変だが、世の果てまで凍てつかせ、吹雪で一色ひといろに染め上げ……そのような世界に統べる価値があるのか? 否、何を統べればいいのだ」

 余は偉大なる皇帝ツァーリ

 皇帝ツァーリは間違えない。
 皇帝ツァーリは間違えない。
 皇帝ツァーリは間違えてはならない。

 余が統べるべきは大国ロシアである。
 今度こそ、ロシアの全土を余の威光で照らすのだ。

 そのための殺戮猟兵オプリチニキ。我が夢路に這い出る猟犬である。

「なあ、マカリー。我が師よ。余は正しいのだな? 余が歩みを進める道は未だ半ば。終わってはおらぬ、光満る道だと……」

「その通り。ですが、まだ午睡から目覚める時ではございません。傷を癒やし、その眼がまことに開く刻を待つのです」

「うむ、そうか。そうだな……」

 そなたが言うのではれば、それが正しき選択なのだろう。

「ええ、いずれ刻がくれば、始まるでしょう。新しきロシアが花開くのです」

「美しきバイオリンの旋律は聞こえぬが、マカリーよ。そなたが言うのなら、今は眠ろう……。夢路にて刻を……」

 再び意識を夢路へと向ける。直に、意識は遠のいていく。
 ああ、夢だ……夢のようなロシア……ああ、アナスタシア……。

「ええ、どうぞ。ごゆるりとおやすみください。王サマ……」

 ああ、微睡みの中で、マカリーよ。そなたの言葉が……声が……。

 ●

 これは少々厄介なことになった。
 集めた情報から推測するに、どうやら叛逆軍は近隣の都市に略奪をかけるつもりのようだ。

「そんな、どうしてそんなことに……。叛逆軍にはカルデアって組織の人達もいるんでしょ?」

 叛逆軍の食糧庫が殺戮猟兵オプリチニチ達によって焼き払われた。
 多くのヤガを抱える彼らでは、遠からず餓死者が出るだろう。
 いや、その前にパニックが起きて組織として崩壊する方が先かな。

 カルデアがいようとも食糧問題はどうしようもない。
 彼らもイヴァン雷帝への決起前に略奪を行うリスクはわかっているだろう。それだけ追い詰められているということだろうね。

殺戮猟兵オプリチニチも酷いことをするのね。大切なヒト……いえ、ヤガや物を奪われて叛逆軍に入ったのに、今度は奪わせる側に回らせるなんて」

 厄介なのはそこだ。
 食糧庫を焼いたのなら、叛逆軍が次にどう動くかは皇帝ツァーリ側も予想が付くはず。
 僕なら次の一手として、叛逆軍が略奪を行う都市に目星を付け殺戮猟兵オプリチニチを大量に派遣する。

「それで叛逆軍を追い詰める気?」

 それだけならまだいいんだけどね。からの情報によると向こうには今、三人の仮面ライダーがいる。
 殺戮猟兵オプリチニチの数が多少増えたところで、十分跳ね除けられるだろう。

 問題は略奪された都市のヤガ達だ。
 これまでの傾向からして、殺戮猟兵オプリチニチは市民の安全を度外視して叛逆軍の壊滅を最優先にする。
 叛逆軍は必至に抵抗して激しい市街戦になり、結果多くの市民が巻き込まれてしまうだろうね。
 そうなれば待っているのは――市民の虐殺。

「それじゃあ余計に早くなんとかしないと!」

 依頼人のシナリオだと僕らが表舞台に上がるのはもう少し先だ。
 ここで余分な魔力を消費してしまうと、最も重要な局面で身体が保てず退場の可能性がある。

「けどだからって、襲われるとわかっている街のヤガ達を見捨てるのは嫌だよ」

 あえて苦言を呈するよ。その考え方はこの異聞帯ロストベルトに対して感情移入をし過ぎている。
 僕らがここへ来た理由を忘れたのかい?

「そんなのわかってる。わかってるよ。けど……」

 キツイ物言いになってしまってすまない。
 気持ちはわかるよ。今のは僕自身への戒めでもあった。

 僕だってこの流れを見過ごすのは後味が悪いと思っている。
 それに、もう叛逆軍は動き出していて、こちらの距離だと動くなら今すぐでないと間に合わない。

 ふむ、さっきからずっと黙っている君の意見も聞きたいね。どうすべきだと思う? あるいは、どうしたいと問うべきかな?

「そんなもん決まってるだろ、相棒――」

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