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虐殺の混乱に加えて街が燃え上がったことで、パツシィも冷静ではいれなくなった。
殺戮猟兵の大多数を退けても、まだ混乱の収まりきらないヤガの波を掻き分けながら、彼は戦場となった町を走り抜けていく。
「落ち着け、火は家とは全然違う方向だ……!」
自分に言い聞かせる言葉は、けれどほとんどその役割を果たせていない。
虐殺が現実になったことで焦っていた。
ただの箒を銃を持っていると勘違いして射殺する者が出る。
これ程のものなのか。
ヤガとはこんなにも簡単に狂ってしまうのか。
ありえないと思っていたものが、今は強烈な実感となって心を支配していた。
この街にはあの人がいる。母親と呼ぶべき人が。
でも、だからどうだって言うのだ。
自分は母親を、この街に捨てて叛逆軍へと入った。
今更、顔を合わせる資格なんてない。
それ以前に、家を出る前に置いていった食糧だけで持つはずはないのだ。
駆け抜けていく先に恐怖で蹲るヤガの市民がいた。
パツシィも見知った男だったが、今はそんなことどうでもいい。
「おい、お前!」
「な、お前はパツシィか? この裏切り者、やっぱり叛逆軍にっ」
「んなことはどうだっていい! おい、母さんは無事か!」
「お前の、母親?」
食って掛かるように問い詰める剣幕のパツシィに、きょとんとした顔をしたヤガは、次第に口の端を上げて引きつるように笑い出す。
「ひ、ひひひ……ひぃ、ひひひっ! 馬鹿か!」
「なんだと!」
「お前の母親はとっくに殺されたよ!」
パツシィは言葉に詰まって固まる。一瞬、頭が真っ白になった。
「わかってるだろ。お前が叛逆軍に加わったせいだよ!」
自分のせい。わかっていた。はずだった。はずだったのに。
そもそも、もはや現実と夢想の区別すら付いていなかった母親が、家に残され一人で生きているわけがない。
パツシィが見捨てた時点で、その運命は決まっていたのだ。
「石をありったけ投げつけて、殺してやったさ! おま、お前! お前のせいでっ! お前みたいな、弱虫のせいで! 今度はお前を殺してやる!」
市民のヤガは震えながら、ぶつけどころのない怒りをぶつける矛先を見つけたように、武器として手にしていたスコップを振り上げた。
けれど、それより先に、パツシィは銃を構えていた。
「え、おい、待っ」
トリガーは淀みなく、迷いなく、無感動に引かれた。
「ぐあっ!」
横合いから放たれた不意の一撃を受けて、パツシィの手から赤い飛沫が上がった。
もはや目の前の憎き母の敵を撃つ余裕はなく、吹き出る血を抑えながら振り向く。
そこにいたのはシアンカラーの戦士ディエンドだった。
「そんなところで何をしているのかな?」
「た、助かった……ひぃぃ!?」
海東はパツシィに問いかけながら、続く射撃でスコップの柄を撃ち抜き、折れた先端の金属部分が雪に刺さった。
「君はさっさと行きたまえ」
「な、何なんだよぉっ!」
泣き言を残しながら、街人のヤガは慌てて逃げ去っていった。
「嘘だ……そんな……」
海東の声はパツシィに届いていなかった。
今、目の前にあるのは、母が殺されたという現実だけ。
口でどれだけ否定しようとも、それはどこまでも現実だった。
「母さんが、死んだ……」
言葉にして、そこに実感が生まれる。
本当なら、とっくに理解していたことだった。
この街が裏切り者と、その家族を許すはずがない。
ただ、目の前に降ろされた藤丸立香という希望に縋るため、その現実から目を背けていた。
「俺のせいじゃない。俺のせいじゃない。俺のせいじゃない。俺のせいじゃない!」
この街は弱者を淘汰する。弱者を守ろうとする者も。
それがたまらなく恐かった。嫌だった。それが当たり前の街が大嫌いだった。
パツシィの父親は街の警備隊長で、殺戮猟兵に代表として食糧の陳情をした。そして叛逆の意思ありと見做され処刑された。
それが理由でパツシィと母親への風当たりも強くなっていったのだ。
だから、逃げた。
変えるために逃げた。
変えることを言い訳に逃げた。
「いい加減にしたまえ。君は虐殺のことを聞いていた上での行動だ。返答次第ではこのまま見逃すことはできない」
裏切り行為を追求するため、ディエンドの銃口はしっかりパツシィへと向いている。
「撤退の命令が出たよ。海東さん、パツシィさん! 早く逃げよう! って、え?」
『あの、これはどういう状況でしょうか?』
撤退を伝えに来た立香は予想外の状況に思わず固まり、マシュが通信越しに説明を要求した。
駆け寄ってきた立香を、パツシィは何処か虚ろな目で見つめてる。
自分は、街のヤガを撃ち殺そうとした。
立香達は命懸けで虐殺を止めて、街のヤガ達も守ろうとしたのにだ。
「すまん……」
ぽつりとパツシィは謝罪を口にした。それで立香が何かを理解できようはずもない。
「何が、あったんですか?」
「彼は街のヤガを故意に撃とうとしていた」
「そんな、何かの間違いじゃ。パツシィさん……?」
『この戦闘で一時的に混乱されていたのではないでしょうか』
説明を求めても無言を通すパツシィの態度が、何よりも事実を物語っていた。
そのまま、彼は立香へと背を向けて歩き去っていく。
「パツシィさん!」
「いくよ、マスター君。彼は自ら離別を選んだ」
追いかけようとする立香の足が止まる。
早く逃げなければまた殺戮猟兵の増援が現れる可能性はあるのだ。迷っている時間はない。
それはパツシィにもわかっていた。
けれど彼の足取りは重く、向かうべき場所も定まっていない。
この街を、そして叛逆軍を捨てて行くあてなどあるわけもなかった。
ただ、もう戻れない。それだけは確かだ。
パツシィと立香との間には、どうしようもなく深い溝ができていた。
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