仮面ライダーエグゼイドにおいて、檀黎斗という存在はかなり特別である。

ベルトやガシャットなどの変身ツール一式の開発者であると同時に、怪人役であるバグスター誕生にも深く関わっている。
そして『ゼロデイ』や『仮面ライダークロニクル』の大事件を引き起こした、まさに黒幕と言える存在だ。

何よりエグゼイドという作品を序盤から最後までエキサイトさせ続けた人物である。

本編終了後もラスボスとして返り咲き、遂には仮面ライダージオウに檀黎斗王として登場。
しかもエグゼイドとは無関係の作品にまでかなりダイレクトに関わった。

今回はそんな檀黎斗の本質を考察したい。

ゲームマスターとしての神

檀黎斗とはなぜエグゼイド世界での神であったか。
その定義は大きく分けて二つある。

一つは純粋にゲームマスターとしての神だ。
檀黎斗がまだ人間であり、最終目的が『仮面ライダークロニクル』の完成であった頃。
序盤の黎斗は全てを裏から操るポジションにいた。

ゲーマドライバーとガシャットを開発して精力的にCRへ協力する一方、仮面ライダーゲンムとなってバグスターとの協力関係を結んでいた。
しかもCRの仮面ライダー達を騙して明確に見下しており、バグスター達は自分の駒としか思っていない。
冷酷で傲慢な人間性こそが檀黎斗の本性だ。

新檀黎斗としての復活後も、主なCRとの共闘理由は自分が開発した『仮面ライダークロニクル』を勝手に利用されることが我慢ならなかったため。
要するに黎斗にはクリエイター的な視点がかなり強い。

実際、劇中におけるライダーの大多数とラスボスまで生み出したのは檀黎斗なのである。
黎斗はエグゼイドという物語において、主人公である宝生永夢か、あるいはそれ以上に物語の核を担う存在として在り続けた。

そして、その動機もまたゲームクリエイターとしての情熱と挟持がその根底にある。
究極のゲーム『仮面ライダークロニクル』を開発したのも、動機は純粋にゲームを愛し満たされない人々に夢と冒険与えるというエンターテイメントの使命からだ。

言葉だけだとゲームクリエイターの鑑的な人物なので困る。
そして自分が開発したものではないガシャットの存在は絶対に許さず消去しようとし、バグスターを道具として扱う。
人格形成がまるでできていない、ゲームマスターだから何してもいいと本気で思っている問題児でもある。

そのため、ゲーム運営に対しては真摯に向き合っている印象が強い。
例えば仮面ライダークロニクルはプレイヤー視点だと全体的にかなりの高難易度で、中でもラスボスは群を抜いており攻略不可能に近しい。
しかし仮面ライダークロノスという攻略手段を用意して、理論上はクリア可能となっている。

それに仮面ライダークロニクルは他のゲームとは大きく性質が異なっており、事実上のオンラインゲームだ。
最初からラスボスを定めているオンラインゲームだと、簡単に攻略させないためラスボスが尋常でなく強いのはそこまでメチャクチャな理論ではない。

後の『ゲンムVSレーザー』では、自分を倒してゲームクリアした貴利矢へ人間に戻るというクリア報酬を送った。
(この行動にも裏はあったのだが、純粋に報酬としての価値は多大なものであるのは間違いない)

ただ、これには一つ大きな例外がある。
エグゼイド本編では一切触れられていないため、知らない人も多いが、檀黎斗が用意した自分のバックアップは一つではない。
そして復活の仕方も複数用意していたのだ。

その一つが、『仮面戦隊ゴライダー』で登場した無理ゲーだった。
最初から完全に攻略不可能なゲームを永夢にプレイさせて、NPCとして用意していた既に死亡している四人のライダー達を絶望させる。
そのエネルギーによって現実世界への復活を目論んでいた。
(この復活がどういう形式かは不明)

ゲーム制作に対しては真摯に、そしてフェアにプレイヤーと向き合っていた。
自分が復活するためとはいえ、ゴライダーの無理ゲーにはどうにも矛盾を感じてしまう。

そもそもあのゲーム自体に多大な矛盾があるのだけど、それは本筋からズレるので置いておこう。

ただし、調子こいて自分の正体を宝生永夢に晒して、それが引き金となって無理ゲーが狂い始めたのは黎斗らしい。
もっともその後、完全にゲームをぶち壊したのは別のライダーだけど。

ちなみに作品全体としての評価は別で、強化されたデンジャラスゾンビのデザインは格好良いし、純粋なお祭りモノライダー作品としては面白かった。

生命倫理としての神

「ゲームオーバーすら超越する……この私こそが神だ!」

ゲームマスターとしての神以外にも、もう一つ黎斗には偉大なる側面がある。
それが人間のバグスター化だ。

人間をデータ化してバグスターとして復元させる。
これはもはや人類史レベルで神のごとき所業であることは言うまでもない。
生命のデータ化については、以前こちらでも触れている。

なお、余談だけど『ホモデウス』という未来の人間論進化論を語る書籍では、今後人間は死を超越して神になろうとするだろうとある。
黎斗はまさにその通りの行動を取った。

しかし黎斗はデータ化を独特な倫理観で捉えている。
少なくとも単純な死の克服であるとは考えていない

ストーリー的な転機は11話。
わざわざエグゼイド達を誘い出しゲンムとして戦闘し、わざと敗北してライダーゲージが0になったところで、バグヴァイザーを自分に突き刺して『死』のデータをガシャットへと送り込んだ。

まさに捨て身の作戦だった。
だがここで重要なのは、黎斗は『死』を一つの概念として捉えている。
後の展開も鑑みるに、もうこの時点で檀黎斗にとって死とゲームオーバーは同じではないことが窺える。

しかし、今度は自分がパラドに消滅させられると、死に際は「嫌だ、死にたくない!」と足掻いていた。
他人の消滅は死ではなく、自分の消滅は死だと考えているこの思考は一見すると矛盾しているように思える。

この時点で既にゲームオーバーへの対応策はあったものの、どれも発動条件があり、実践には至っていないため確実性はない。
事実、仮面戦隊ゴライダーにて一つは失敗。
もう一つも自分の力だけでは解決不可能な部分があり、ポッピーの助けがあったからこそ黎斗はバグスターとして復活が叶った。

黎斗の初消滅時点では後の復活が確定しておらず、永遠に復活不可能なリスクが残っている。
一度バグスター化して新檀黎斗、そして檀黎斗神になってからは、99のライフがあり消滅してはニョキニョキ土管から生えて復活していた。

ここでの消滅は全くもって死と捉えていない。
檀黎斗にとって消滅はデータから復元可能なものであり、『死』とは不可逆なものであると考えられる。
他者の消滅に心が動かされないのも、自分さえ生きていれば消滅した者達のデータ復元は可能なためだ。

究極のゲームの管理運営、そして生命のデータ化と復元。
黎斗が自らを神と称える要因である二つが同居しているアイテムこそ、『仮面ライダークロニクル』なのだ。

その圧倒的な魅力に憑りつかれた檀正宗は、仮面ライダークロニクルを悪用して命の管理者になり、幻夢コーポレーションの更なる発展を計画していた。
ゲームユーザーが増える=管理できる命の数が増える。
文字通り、命をオモチャにしていたわけだ。

ただし、黎斗は『仮面ライダークロニクル』や、その後の『ゾンビクロニクル』においても、消滅後の生命管理にあまり重きを置いていないように見えた。
意味合い的にはゲームに真剣味を与えるためのリスク、そしてクリア者の報酬として肉体の復元を付けたという感覚が強い。

本気で生命の管理がしたければ、そもそも『仮面ライダークロニクル』というゲームではなく、もっと別のシステムにすればいいだろう。
『仮面ライダークロニクル』とは、人々に夢と冒険与える最高のエンターテイメントであると同時に、人間に限定的とはいえ不死を与えられるツールでもある。
この二つはシステム的な繋がりはあるものの、本来は別々の機能性だ。

なぜ、この二つが混同しているのか。
その理由は檀黎斗の歩んできた人生と、そこで形成された彼の本質にある。

檀黎斗が二つの神となった理由

黎斗の傲慢な性格は、父親である檀正宗の教育方針が深く関わっている。

正宗が会社を成長させる道具として黎斗を扱い、ゲーム開発について好き放題にさせてきた。
これにより黎斗の才能は開花したのだが、天才性がゆえまともに叱られることなく育ってしまう。

結果、プライド高く自分の才能を過信するようになってしまった。
またその優秀が仇となり、学校では他の生徒を見下し友達はいなかったようだ……容易に想像できるから困る。

そんな状況になっても、檀正宗はゲーム開発に必要なものは何でも買い与え、環境も完璧に揃えた。
友達はいないが、身の回りを世話する部下は大量にいたという状態だ。

母親の櫻子はこの方針に反対だったが強く出られず、本気で危険を感じた時にはもはや既に手遅れで、黎斗の考えや思想に付いていけなくなっていた。
そして最初こそ正宗や櫻子に褒められ喜んでいたが、その内に他人の評価に価値を見いだせなくなっていく。

この時点で檀正宗は何よりも黎斗の才能を磨くことが最優先。
最初は純粋に息子の才能を伸ばそうとしていたかもしれないが、やがて黎斗の才能に商品価値しか見いだせなくなっていった。

櫻子は歪んでいく黎斗の性格と生活環境に見て見ぬ振りをするようになる。

ポッピーに叱られるとぬいぐるみを盾にしたり、正座させられたりするのは、幼少期に親に叱られてこなかった反動だと考えられるだろう。
皮肉にも櫻子を消滅させたポッピーピポパポが、櫻子に足りなかった部分を補った形になる。

それでも黎斗は自分のアイデアを櫻子には嬉しそうに語っていたため、家族としては成立していたのだろう。
この辺りの重要な関係性は『マイティノベルX』にて、櫻子視点で詳細に語られている。

母親のみの視点であるため黎斗と正宗の関係は不明だ。
途中から完全に会社としての商品価値を上げるためのツール扱いしていたようなので、親子仲が険悪なのは当然だろう。

ただ正宗も傲慢になった黎斗の性格には手を焼いていたらしく、永夢の手紙を見せたのは挫折を教えて、人間的な成長を促す目的もあった。
本人の発言から、ゲームクリエイターの才能を伸ばすことが親としての使命であると考えていたのも、全くの嘘ではなさそうだ。
ただしゼロデイの罪を着せられている辺り、どこかで完全にすれ違っているのは間違いない。

そうした歪な家庭環境の中で、黎斗は宝生永夢のゲームアイディアが詰まった手紙を読み、その才能に嫉妬し人生初の挫折を味わった。
これがキッカケでより優れたゲームの開発に執念を燃やすようになり、そのために偶然発見したバグスターウィルスの利用を画策する。

櫻子も永夢の手紙を読み、母親としてもう一度奮起しようと決意した。
しかしどこかの段階でバグスターウィルスに感染してしまい、黎斗の改心は叶うことなくポッピーを生み出し消滅した。

ただし櫻子の頑張りは無駄ではなかったのだろう。
櫻子の消滅に強いショックを受けていたことが、九条貴利矢の指摘によって事実であると判明する。

黎斗は母親を救えなかった医療に絶望した。
そして不幸なことに、彼にはゲームクリエイターとして神の才能があった。
だから自分の手で、ゲーム病による消滅から人間を救う方法を見つけ出すしかなかったのだ。
それが人間のデータ化とバグスターとしての復元である。

だが復元技術が確立しても、櫻子が甦ることはなかった。
黎斗が人間のデータ化に着手した発端が櫻子なら、彼女のデータがバックアップされているはずもないだろう。

ならば生命のデータ化をした理由は、貴利矢が指摘した通り、これ以上バグスターによる消滅者の犠牲を増やさないようにするため。
あれだけ好き勝手暴れ回っておいて、その根底には善意があったという事実に驚きだ。

黎斗は正宗に対して、櫻子の命復元を餌にゾンビクロニクルの参戦を促したが、これは嘘だったことになる。
対して正宗は櫻子を蘇らせる意思はないとはっきり明言して、彼女の命を弄ぶことは許さないと黎斗を糾弾した。

一時は『仮面ライダークロニクル』の管理者だったのだから、一度でも櫻子を復活させようとしていたならデータが存在しないことは知っているはず。
ならば正宗の櫻子に対する愛情も本物であるとわかる。

正宗は、『仮面ライダークロニクル』の運営をしていながら、黎斗の開発動機や母親を想う気持ちを全く理解していない
この家族、本当にすれ違いしかない。

こうして整理すると、檀黎斗神の才能は綺麗に二つに分かれていることが理解できるだろう。
それを繋いだのがバグスターという存在であり、『仮面ライダークロニクル』なのだ。

究極のゲームを開発したのはゲームクリエイターとしてのプライドによるもの。
これを促し極めさせたのは父親である檀正宗。
生命のデータ化と復元に走らせたのは、母親である團櫻子の消滅。

そもそも対人関係が壊滅的だった黎斗は、父親と母親以外の人間関係はかなり希薄だったはずだ。
父と母二人の影響を強く受け、どちらも極めてしまったのが檀黎斗という神の才能を持つ一人の人間なのだった。

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