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FMO1章 第12節『鳴海探偵事務所出張サービス』≫2

2024年5月11日

[作品トップ&目次]


 シャドウボーダーでは、ダ・ヴィンチと入れ替わるようにリボルギャリーからの客人たちを迎え入れていた。
 客人は三名。男が一人と女が二人。

「風都から吹く風に乗ってやってきた。この異聞から流れる涙を拭うためにな。俺は左翔太郎、極めてハードボイルドな私立探偵だ」
 スーツ姿で抑える帽子からは視線が隠しきれていない。そして妙に芝居がかった言い回しと仕草で名乗る男がいた。
 その背後から、彼の後頭部へ金色で縁取りされた文字で『半熟卵めっ!』と書かれた緑のスリッパが叩き込まれた。

「このバカもんがー!!」

「いったァ――! なにすんだよ亜樹子!」

 ポニーテールの女性、鳴海亜樹子と翔太郎がその場でガヤガヤと押し問答を始める。
 資材の運搬時に砦で立香たちとは顔を合わせているが、ホームズたちと改めて会話をするにあたり、翔太郎は挨拶から入ることにしたのだ。極めてハードボイルドなつもりで。

「ああっと……、ごめんなさい。いつものことだから気にしないでね。わたしはときめ、翔太郎の探偵助手だよ」

 残った長髪で白いワンピースの女性がフォローしつつ自己紹介をした。

「だいたい翔太郎くんがカッコつけても無駄でしょ。あっちは名探偵オブ名探偵。格が違うわ!」

「そこは認めざるを得ねえな。古今東西の英雄が集まってるとは聞いてたが、まさかあのシャーロック・ホームズにお目にかかれるとは驚きたぜ」

「ハハ、名だたる英雄たちに並べられると私も一人間に過ぎないがね。こちらこそお会いできて光栄だよ。仮面ライダーとは探偵まで押さえているとは」

「やれやれ。騒がしい連中だな。漫才しにきたのか」

 呆れた半目で鳴海探偵事務所の面々を眺めているのは門矢士だった。
 最初の格好つけた仕草まで含めて一連のコントとして完成しているようではある。

「そういえば、他のライダーの中でも、ディケイドとはよく会うな」

「駆紋戒斗も来てるぞ。ここにはいないがな」

「そっか。カメコもか。元気にしてたか?」

「まあ、少なくともあいつらしくはあった」

 ならいいと、翔太郎ははにかんだ。いい年した大人だが、人の好さがにじみ出るような笑顔だった。

「まずはいくつか重要事項の確認をさせてほしい。君たちをロシアまでエスコートしたのはMr.鳴滝からかな」

「ああ、俺達の依頼者だ。世界の漂白や異聞帯のことは一通り聞いてるぜ。カルデアのこれまでについてもな」

「本当に何者なのだね、その鳴滝という人物は!?」

 ゴルドルフが翔太郎にも負けない大仰なリアクションで突っ込みを入れる。

 立香にディケイドを召喚させて、他にも仮面ライダーWとその仲間達を送り込んできた。
 魔術でも困難な行動を次々と取っている謎多き人物だ。

「鳴滝って人が何者かは、私たちもよくわかってないよ。ちょっと胡散臭いけど、悪い人じゃなさそうだし……。何より緊急事態だから」

 ときめが腕を組みつつ、思い出すように鳴滝の印象を語っている。彼らも状況に流されるようにロシアの地へ来たのだった。

「俺達がここに現界……だったか? それができてるのは、鳴滝が集めてきた魔力のおかげらしい。それを使い切ったら強制的退去になると言われてる」

「ふむ、君たちにはサーヴァント反応がある。Mr.鳴滝はマスターではないが、なにかしらの方法で存在を維持しているようだ」

「ぐぬぬ、ますますわからんぞ。我々ですらシャドウボーダーでなんとかロシアへ入ってきたというのに、そんなポンポンと出入りを……」

「細かな仕組みとかは相棒に聞いてくれ。そういうのはあいつの分野なんでな」

「では、君たちが異聞帯へきた目的は教えてもらえるかな」

 ああ、と翔太郎は一拍置いた。そして彼の目付きに鋭さが宿る。先ほどのようなわざとらしさはない。
 彼の探偵と、そして仮面ライダーとしての経験が自然と形になったような眼だ。

「俺たちの役割は、ディケイドとカルデアの手助けをして、イヴァン雷帝とクリプターを倒すことだ」

「その後は?」

「それはあんたらが決めること、だろ?」

 ホームズの問いかけに対して、けれど翔太郎の視線は士と立香の二人に向いていた。

「決めるって、こっちは空想樹の調査だよね?」

 立香はキョトンとした表情で問い返す。

「その通りだねMr.藤丸。ありがとう、君たちの意図はよく理解できた。我々は鳴海探偵事務所の協力に感謝するよ」

 それに対してホームズは微笑んで話をサクッとまとめてしまう。

「なるほど、そういうことか」

 翔太郎は帽子を目深に被って嘆息する。二人の探偵にはそれで通じ合うところがあったようだ。

「依頼は果たす。だが、俺は俺として見極めさせてもらうぜ。カルデアの者たちってのをな」

 その言葉に立香は出会ったばかりだった頃の士を思い出す。
 けれど、鳴海探偵事務所は既にカルデアのことを一定以上理解しているようだった。何も知らなかった士とでは根っこの部分から違う気がする。

「ディケイド、アンタとは個人的に話がしたい。いいか?」

「まあ、いいだろう」

 士もまた、その意図をどことなく察しているようだった。
 何だかモヤモヤする。一人だけ薄っすらと話から置いて行かれているような、そんな気分だ。そう、自分だけが……。

 ●

 左翔太郎達との挨拶を終えた立香は、一休みした後に自室へと戻った。
 そうして、そのまま何をするでもなく、カルデアのそれよりも固めのベッドへと倒れ込む。

 魔術礼装の衣服により身を守られてはいるものの、極寒の地は容易く氷点下100度を超える。もし、魔術礼装が機能障害を起こせば、あっという間に凍死が確定する世界だ。
 ただ歩いているだけでも常に緊張が絶えず襲い来る。

 さらに本拠地であるカルデア崩壊や世界の白紙化、先行き不透明な現状での戦い。あらゆる状況が立香の精神を圧迫する。

 身体を温めるためコーヒーを摂取したが、すぐに強烈な眠気が押し寄せてきた。
 仲間たちのいるホームへとと戻ったことによる安堵感から、隠れていた疲労が噴出して、カフェインを容易く上回ったのだろう。

 先程の違和感について、一人になってゆっくりと考えてみようと思っていたのだけれど、どうやらそれは体の方が許してくれないらしい。
 目を閉じると、立香の意識はすぐに闇の中へと溶け込んでいった。

 ●

 男は旅人だった。
 旅先はいつものように世界の窮地に見舞われて、アーマー武器カードで戦い続ける。

 旅先で出会いと別れを幾度となく繰り返してきた。

「通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ」

 その言葉を己の在り方と定めて、救済の役目を果たし続けてきたのだ。
 不安と恐怖を押し殺して虚勢で自分を着飾る。

 それでも最初の頃は信頼できる仲間達がいた。自分の居場所と呼べる家もあった。

 彼らがいたから、男は男のままでいられたのだ。
 けれど、男はやがて気付いてしまう。終わりなき旅は、終わりなき戦いだと。

 大切だからこそ、仲間たちを無間地獄には付き合わせられない。
 それに、自分がこの現実に耐えるためは、自身の心が強くなるしかないと思ったのだ。
 一人で立ち、一人で旅ができる強さ。それを男は求めた。

 すべてを置き去りにして戦い続ける。
 好敵手であった怪盗は、意外な程に仲間の絆とやらに感化されていた。
 友だと思っていると声をかけ手を差し伸べたが、それは払われる。

 その手に込めていた気持ちが嘘か誠だったか。今ではもう自分でもわからない。
 その後は再び武器を向け合う関係に戻ったが、自分たちは多分それこそが自然体であったのだと今は思う。

 ある時は戦いに疲れ果てた者と出会い、共闘を求めていたはずの男は、彼を否定できずに言った。

 仮面ライダーとはどれだけ綺麗な言葉を並べても、その本質は所詮殺し合いの道具でしかない。
 ライダーでいるということは、戦いを受け入れるということ。

 ならば逃げることの何が悪いのか。
 旅をするなら、血で血を洗うより、洗濯物を真っ白にする方がずっといい。

 戦った。救えた者がいた。救えなかった者もいた。
 戦った。また救えた者がいた。また救えなかった者もいた。

 戦い続ける兵器は何度も選択を迫られる。その選択次第で人が救えるか死ぬかが決まる。
 ならばより一人でも多く救う。その手から零れ落ちる命は一つでも減らす。

 それでも救えなかった者は? 切り捨てざるを得ない者はどうする?
 構うな。迷うな。

 犠牲を悔やみ躊躇うと心が揺らぐ。揺らいだ心ではより多くの命を取りこぼす。

 繰り返される戦いにて、男は武器として磨かれていく。より強靭に、鋭い刃へと。

 ある戦いを終えた時、自分よりもずっと長く戦い続けている歴戦の仮面ライダーが問うた。

「お前の旅も、これで終わるのか?」

「死に場所を探す旅が、俺の生きる場所だとわかった。だから、俺の旅は終わらない」

 暖かな帰る場所は、もう遠い記憶の向こうに追いやった。
 そして男は魔王に出逢う。
 魔王は数多の世界を狂わせ破壊する。未来を創らない破壊者。まさに最低最悪の存在だった。

 こいつだけは絶対に止めなければならない。

 男はいずれ魔王になる者を見捨てることで、魔王の誕生を防ごうとした。
 否、それだけじゃない。
 魔王を討つことに障害となるなら、誰でも切り捨てる。

 魔王の因子たる者達は、罪が無かろうと自分の手で屠り去っていく。

 それでも男の刃は届かなかった。
 その要因はかつて手放したはずの懐かしき友。それが贋者であると見抜けなかったがために、懐旧の情が刃にひびを入れた。

 鋭すぎた刃は脆くなっていたのか?
 脆さを補うために自分は一人になったのではなかったか?

 いや、どちらでもいい。
 ようやく旅は終わったのだから……。

 ●

「おい、そろそろ起きろ」

 覚醒を促す声に目を開くと、そこに一組の男女が立っていた。

「おはようございます先輩。顔色が悪いようですけど、大丈夫でしょうか……?」

 どこか申し訳なさそうなマシュが追加で声をかけてきた。
 夢見が悪かったからか。それとも疲労が抜けきっていないのだろうか。

「…………通りすがりの仮面ライダーだ……」

 視界に映った門矢士に立香が言った。

「寝惚けているのか?」

「……おぼえておけ。って」

「それはそういう口上、みたいなものでしょうか?」

 彼の顔を見たら自然と夢の記憶が辿られていき、この言葉がこぼれてきた。
 マスターは契約サーヴァントの記憶を夢として共有することがある。立香にとっては過去に何度も経験してきたことだった。

「夢を見たんだ……士、聞いてもいいかな?」

「なんだ?」

「洞窟で初めて出会った時、どうしてそう言わなかったの?」

「俺の旅は終わった。少なくとも仮面ライダーとしての旅はな」

 それはきっと夢の中であった魔王への敗北だろう。それでも士はカルデアと共に再び戦うと決めた。契約はその証であるはずだ。

「今は?」

「これはお前たちの旅だ。俺はその付き添い。そんなところだろ」

「それは……少し寂しいです」

 マシュが眉尻を下げて言った。共に旅する者として立香もその気持ちはわかる。

「俺は専属サーヴァントとやらじゃない。カルデア一行ツアーの雇われカメラマンとでも思ってろ」

 バスツアーで添乗員やそこの雇われカメラマンが旅人の中に含まれるかと問えば、ノーと答える者が多いだろう。士はサーヴァントとして自分の役割を付添人として定めたのだと、立香はそう解釈した。

 それに雇われと自認しても、それで手を抜く男じゃないのは既によくわかっている。

「そっか。わかった……二人はどうしてここに?」

「わたしは修復を終えた魔術礼装を届けにきました」

「もうできたんだ。ありがとうマシュ」

「俺は暇潰しだ」

 マシュから魔術礼装を受け取っている横で、さらっと言ってのける。それが事実か否かの判断はつかない。記憶の一端を覗いた程度で、彼のことをわかった気になるつもりもなかった。

「失礼、緊急事態だ」

 続けて部屋に入ってきたのはホームズと、血相を変えた様子の左翔太郎だった。その手にはやけに大型の携帯電話を握っている。

「たった今、音也から叛逆軍が襲撃されている報せがあった!」

 翔太郎の持つ電話はスタッグフォンと称されるガジェットで、数個ある内の一つが一時的に紅音也へ預けられていた。そこからSOSの連絡が入ったのだ。

「しかも途中で切れちまった。ランサーかって言葉を残してな」


2024/5/13
鳴海探偵事務所と立香の既知情報に矛盾があったので一部修正しました。ストーリーにはほとんど影響ありません。

 


 

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