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FMO1章 第10節『夜想曲♭キバの鎧』≫3

2024年4月23日

[作品トップ&目次]


 その鎧は、滅びを与える王の鎧。
 その力がどれだけ強大で厄介かは、かつて戦った経験のある士は理解している。

 あの時はコンプリートフォームの力が解放されたことで逆転できたが、今回はこのまま相手にしなければならない。

「まさかキバでも闇のキバとはね」

『霊基数値は不定! 理由はわかりませんが、非常に不安定です!』

「つべこべ言ってる暇はない。来るぞ!」

 闇のキバが正面から突進する。その動きに反応してディエンドが銃弾を叩き込む。
 だが、強大な魔皇力を内包する鎧ブラッディーアーマーと、キバと比較しても三倍の強度を誇るサタンメイルのスーツが相手では軽く弾かれてしまう。

 その勢いは真っ直ぐディケイドへと向けられた。ダークキバは、おから始まる叫びを上げて身体ごとぶつける。

「ぐあっ!」

 戦略も何もない力任せ。だが、それで十分な脅威になる。
 速く、重く、鋭い。ショルダーアーマーのブレード部分がディケイドの装甲を削ぐ。それだけの力が、闇のキバには備わっている。

「お前だけは許さん! 俺の手でおくってやる」

「あの時の復讐か? 根にもつタイプだな」

 軽口とは裏腹に鋭くソード形態のライドブッカーを振り下ろす。けれどもそれは左腕一本で止められ、腹部に衝撃が起きた。右拳がめり込み、よろめいたところを弧を描く蹴りが襲う。

「むっ!」

 キバの脚が伸びきるより先に、その身体が揺らぐ。ディエンドが背後からブラストのカードで連射を叩き込んでいた。

『ATTACK RIDE SLASH!』

 その隙を逃すまいとディケイドがスラッシュのカードで反撃に出た。袈裟に斬りつけると軽くよろめきはするが、すぐさま反撃がくる。

「だからどうしたぁ!」

 ディケイドはそれをしのいで耐えるだけで精一杯だ。それも長くは持たないだろうことも明らかだった。

「こいつ、あの時とは別人のようだな……」

「士が紅音也と会ったのはネガ世界だったかな。なら彼はだろうね」

『KAMEN RIDE BLADE!』

 狙いが完全にディケイドへと集中されている。そのことを確認するとディエンドはディエンドライバーからライダーを召喚した。
 現れたのは頭部がスペードとカブトムシのような形状を模した青と銀のライダー、ブレイド。連続してもう一体、

『KAMEN RIDE KIVA!』

 赤と黒。蝙蝠を連想させる、もう一人の、そして士達のよく知るキバだった。

「行きたまえ」

 ディエンドの命令に従い、二体のライダーはディケイドとダークキバに割り込むよう戦闘を開始する。
 剣戟と蹴りの連打。そのどちらも、ダークキバが相手ではさしたる有効打とはならないだろう。
 けれど、キバの姿を見たダークキバの攻撃が止まった。

「渡……?」

 ●

 何故だ。
 何故そこにいる。

 その記憶はこれまで、音也の中で何度リピートされたか数えも切れない。

  紅音也は元々異聞帯へのカウンターとして、この世界に召喚されたサーヴァントだった。

 サーヴァントは夢を見ない。
 だが、目を閉じる度に脳裏に焼き付いたあの光景が繰り返される。

 魔力を酷使し過ぎて変わり果てた姿となった渡。
 彼は跪いて、愛する息子を両腕で抱きかかえている。嘘みたいに軽かった。
 涙が自然と溢れて止まらない。

 微かに残った命の灯火は今にも燃え尽きそうで、まるで老人のように掠れた、辛うじて聞き取れるか細い声で渡は音也に言った。

「父さん……助けて……」

 音也はその身体がまだ存在することを確認するように強く掴み、息子の名を叫んだ。

「死ぬな! 渡!」

 けれどその言葉は虚しく響くだけ。何度名前を呼んでも想いは届かず、最愛の息子は光になって消えた。

 気が付くと音也は立ち上がっていた。だらりと下ろした彼の腕に、息子のぬくもりはもう感じられない。
 頬を伝っていた涙も乾いていた。

「全ては破壊者ディケイドのせいだ」

 神父は感情の薄い声色で音也に語る。残酷な事実を。

「ディケイドは皇帝陛下の情報を聞き出すため、紅渡を囚えて拷問にかけた。全てはこの世界を破壊し尽くすため」

「破壊者……ディケイド……」

 音也の脳にその名が深く深く刻まれる。
 決して忘れぬよう、忘れられぬよう、心の最も奥深くに。

「奴はいずれ叛逆軍を従え、我らの元に攻め込んでくる。そうなれば多くの命が無慈悲に奪われるだろう」

 強くなければ生き残れない世界。
 弱き者は生きることを許されない世界。

 本当にそうか? 渡は弱者だったのか?
 そんなわけがない。息子はただ優しかっただけだ。

 強さが全ての世界は、生きとし生けるものから優しさを奪う。優しい者から淘汰され消えていく。
 だから、渡は生き残れなかった。
 だから、

「この世界は地獄だ……」

「なんと深い悲しみだ!」

 その声の主は神父ではなかった。
 そして、音也は『それ』を知っている。
 腕を上げるとキバットバット二世は自らその手中へと収まった。

「ここまで深い哀しみは久方ぶりだ」

 キバットバットⅡ世はサーヴァントとしての紅音也に付随するものだ。同時に本来なら存在しなかったはずのものでもある。
 烈しい怒りが、深い憎悪が、紅音也という在り方を歪めた。

「それなら、俺がこの手で奴らを絶滅させてやる」

 人理を守るという心に抱いた剣は消え果てて、類稀なる音楽家は闇のキバを纏う復讐者アヴェンジャーと化した。

 ●

 ダークキバの動きが停止したのは、時間にすると数秒程度だった。

 渡は苦しみぬいて消えた。もうこの世界にいない。
 いるはずがない。

 なら、ここにいるのは偽物。もしくはただディケイド達に操られるだけの傀儡。

「お前達……! これ以上、渡を弄ぶことは俺が許さん!」

 憎しみの炎が更に燃え上がった。
 再び動き出した復讐鬼は、躊躇いなくキバを蹴り抜く。
 キバも反撃するが、鎧としての性能が段違いだ。何より感情の籠らない紛い物の力が通じるはずもない。

「消えろ」

 何度目かの打撃で、雪原を転がるキバを見下ろす。
 もうこんな残酷な茶番はたくさんだ。このまま終わらせる。

 けれど、それを妨害するようにまたも背後から衝撃を受けた。
 振り向くとブレイドが地面に剣を突き立て雷撃を放ち、ディケイドとディエンドが銃を連射していた。
 まだ、邪魔をするか。

「キバだけではまだ目は覚めないか。なら、もう一発と行こう、士」

 ディエンドが自分のカードを二枚引き抜き、ディケイドに投げ渡した。

「貴様から先に始末してやる!」

 何かしら反撃の一手を得たディケイドを狙う。
 やはりあの男だ。全ての元凶。もっとも憎むべきは破壊者。次いでカルデアのマスター、藤丸立香。

 あの二人を倒せば、それでもう敵は手詰まりなのだ。
 紋様を地面に出現させ放つ。それはディケイド達の足元で力を放出して爆発した。

「ぐわあああ!」

 敵の数が増えても力の差は歴然だ。
 ライダー達が殺戮猟兵オプリチニキを蹴散らしたように、今度は己が蹴散らしている。
 それでも、まだ油断はしない。

 爆発時にディケイドがブレイドを掴み、自分の方へと引き寄せていた。
 まだ足掻き、何かを狙っている。その証拠にディケイドは立ち上がると、受け取ったカードの一枚をベルトのバックルに装填した。

『FINAL FORM RIDE B! B! B! BLADE!!』

「ちょっとくすぐったいぞ」

 ディケイドがブレイドの背に触れるやいなや、その身体が一本の巨大な剣へと変化した。
 あれが敵の切り札なのだろう。ディケイドはもう一度バックルを開いて二枚目のカードをセットする。

「せあっ!」

 だがこちらの方が早い。
 助走を付けた跳び蹴りを放った。あの巨大剣を持った状態では防御も回避もできない。
 カードは使わせず一気に仕留めてやる。そのはずだった。

 蹴りが届く直前、ディケイドの姿がブレた。そのままダークキバの身体は通り過ぎて雪の上へと着地する。
 残像を残す程に高速で、ほんの僅かな動きでの回避。すぐにわかった。これはディケイドではなく、魔術師の力。カルデアのマスターによる緊急回避の援護だ。

『FINAL ATTACK RIDE B! B! B! BRADE!!』

 気付いた時にはもう遅い。ディケイドはカードを使い終え、激しい光と雷撃が迸る巨大剣が振り切られた。
 反撃に放った紋様はけれど届かず、これまでとは桁違いの威力が闇のキバの鎧を切り裂いた。すぐには修復不能な疵が刻まれ、稲妻が身体を灼く。

「ぐぬ、あがあああっ!」

 これで終わる? そんなわけがない。許されない。赦さない。

 雪原を踏みつけ、倒れそうになる肉体を支える。
 渡の無念は必ず晴らす。己はそのために今ここにいる。

「まだやるつもりか!」

 当然だ! という叫びは意味の伴わない雄たけびに変わる。
 前のめりに突進してディケイドを殴りつけた。

 こちらのダメージは深刻だ。これだけではせいぜい後ろに吹っ飛ばす程度。そして、それが狙いだった。

「ぬ、ぐうう!」

 先に飛ばしておいた紋様がディケイドの背後で立ち上がり、磁力のようなエネルギーで磔にした。

『WAKE UP Ⅰ!!』

 黒の魔笛、フエッスルをキバットバット二世に噛ませる。それが鎧に秘められた力を開放するスイッチだった。
 空間が赤い霧で包まれ、巨大で美しい月が現れる。

「らぁあああああ!」

 天高く舞い上がったダークキバはその腕にオーラを纏わせ、ディケイドが咄嗟に盾とした剣の上から、必殺の拳を叩き込む。

 勝った。これは確信ではなく結果だ。
 巨大な剣は元のブレイドに変わり消滅。ディケイドも再び教会の中へと吹き飛び、中の内装を壊しながら転げ回っていくと、強制的に変身が解除された。

「士!」

 心配から慌てた様子の立香が、倒れ伏したディケイドの元へと走り寄る。

「来る……な……!」

 まだなんとか意識はあるようだが、後はもう一度紋章を送り込み爆発させれば、マスター共々すぐに終わる。

異聞帯ロストベルトにて滅びろ、破壊者共」

『FINAL ATTACK RIDE KI! KI! KI! KIVA!!』

「いいや、チェックメイトは君だよ」

 言葉と音声に悪寒を感じて振り向く。
 そこには巨大なキバット型の弓を構えたディエンドの姿があった。

 先程、ディケイドはブレイドを巨大な剣へと変えていた。
 同じことをキバでやったのだ。渡と同じライダーで……!

「覚醒タイムだ」

「ぐあああああああああっ!」

 言葉と共に放たれた光の矢は巨剣と同じく強大な魔力の塊に等しい。
 迷う暇などなく防御するが、ディケイドとの戦闘で疲弊した身体では、耐えることは叶わなかった。
 真っ白になる視界の中で、音也はまた、泣いて助けを求める息子の姿を幻視した。

 


 

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