仮面ライダージオウ 47話『2019:きえるウォッチ

どうも、ゲタライド(@ridertwsibu)です。

ジオウも残すところ後三話。
ウォズが残り話数をページ数としてカウントするようになりました。

今回はもうどこを取ってもディケイド編でしたね。
ソウゴがオーマジオウと直接出会うあたりで『ジオウの世界』として世界崩壊の危機に立ち回るだろうという考察はしていたのですが、ここまで終盤になって、それもここまでストレートに実現したのは予想外です。

当時はまさか準レギュラーになって、ここまで長く居座るとは思ってもいませんでした。
視聴者どころか士役の井上正大氏すら自分が準レギュラーだと知ったのは魂ネイションズでジオウ関連のフィギュア宣伝イベントという。

スウォルツが王になろうとした当初の理由や、自分が消滅すればツクヨミも消えるロジックについても、軒並みディケイドの設定が土台なんですよね。
かなり強引なんですけど、それで押し切ってしまえるパワーを持っているのが『仮面ライダーディケイド』という作品。
仮面ライダーウィザードでの登場時に、白倉プロデューサーがディケイドを劇薬と称した理由がよくわかります。

チェイスこと魔進チェイサーも結構な暴れっぷりでございました。
今回のチェイス関連で出た話からも、やっぱり前回の予想考察で書いた通り、『Over Quartzer』はパラレルワールド扱いのようですね。
ただただ珍しさから敵として出すだけでなく、詩島剛についてちゃんと触れてくれました。
こういうレジェンドの取り扱い方はテンション上がりますね!

では、今週も仮面ライダージオウの感想と考察を始めましょう。

ディケイド理論から見るジオウの世界観

スウォルツは前回、自分が消えると世界が消えて連鎖的にツクヨミも消滅すると発言していた。
立て続けの死によって心に余裕がないソウゴは、当事者のツクヨミと二人で事実を確認しに向かう。
下手な真実を知って、行き過ぎて後戻りできない現実に気付く。
時空の壁を越える前にした士の忠告が、まるでエグゼイドのOPみたいだった。
そしてバロンはおやつに入りません(井上氏曰く台本通り)。

ツクヨミの世界は既に消滅が決まっていた。
そしてスウォルツの考えた回避策は、他の世界を全て消滅させて自分の世界だけを生き残らせること。

一見意味不明な理論だけれど、実はこれちゃんと理屈として成り立っている。
具体的な理由は不明だが、恐らくツクヨミの世界で発生しているのは、ディケイド本編で起きていたことと同じ。世界同士が干渉し合うことによる融合と消滅だろう。

元々門矢士の使命は、世界同士が引き合って消滅する事象を解決することだった。
『仮面ライダーディケイド』の世界観だと、各世界には一人ずつ特異点となる仮面ライダー(事実上の主役)が存在している。
ツクヨミの時空に仮面ライダーアクア=湊ミハルが存在したのはこれが理由だ。
『ツクヨミの世界』は正確に呼称すると『仮面ライダーアクアの世界』なのである。

なお、世界消滅が発生する理由は『忘却』だ。
『ディケイド』という作品は、それぞれ個別に独立している世界を繋げてコンテンツとして再利用することが目的だった。作品構成そのものがジオウに輪をかけてメタ的だ。

故にディケイドが戦い倒したライダーは、人々(視聴者)の記憶に刻まれて世界ごと再構築される。
要はディケイドとは時間経過による作品の風化を防ぐための存在であり、ライダーを倒す行為は一種の通過儀礼だと考えればわかりやすいだろう。

だとすると、あえて終盤に仮面ライダーアクアが引っ張り出された理由ともマッチしていて面白い。
アクアは作品上『仮面ライダーオーズ』から生まれたが、世界観は独立していて四十年後の未来(オーズ当時)という明確な自分の歴史を有している。
けれど作品公開から既におよそ9年が経過しており、劇場版作品であることも相まって視聴者の記憶も薄れていただろう。

さて、ここで前回に立ち返ろう。
仮面ライダーアクアこと湊ミハルはアナザーディケイドの手で倒された。

アナザージオウが未来予知や時間操作能力を有しているように、アナザーライダーも本家と同質の力を持っている。
ならばアナザーディケイドだって、本家ディケイドと同じく特異点ライダーを倒すことによる世界再生能力を有していても不思議はない。
あれれ、スウォルツお兄ちゃん、自力で世界消滅を解決しちゃってない?

ツクヨミの未来を守ろうとした湊ミハルの願いを叶えられないかもしれないとソウゴは言った。
視聴者は久方ぶりに現れたアクアの死に衝撃を受けて、怒った人も少なからずいた。

だが、それはディケイドという視点で見直せば全くの逆なのだ。
忘却されつつあった仮面ライダーアクアは、時空の乱れによって再び現れ視聴者の記憶に刻まれた。
そもそもアクアは倒されてコンテンツとして復活するために登場していたのだ! おのれディケイドォ!(色んな意味で風評被害)

チェイスに仮面ライダーの記憶が残っている理由

夏映画の詩島剛&クリム・スタインベルトに続いて、なんとチェイスまでジオウに参戦だ。
加えてブレンを始めとしたロイミュード達も再登場はしている。
進兄さん、なんとドライブのメインライダーの中で自分だけ未出演だよ! 東映にドライブのフィギュア置いてなくてガチ凹みしたのに、またこの仕打ち!
哀しいけど、ある意味おいしい役回りになってる……。

閑話休題。
ライドウォッチが壊れだしたことで、中に封印されていたと思われる世界観が時空の歪みとして再構築されていく。
しかも仮面ライダーの存在は消えたままで、怪人達が続々と溢れてきた。

そのためチェイスも仮面ライダーとしてでなく、怪人幹部の死神、魔進チェイサーとして現れた。
しかも配下付きとはいえ、一人でゲイツリバイブとウォズのギンガファイナリーを圧倒している。何気にこれがギンガファイナリーの初敗北だ。
ジオウのレジェンド補正が後半のインフレと融合して、最強フォーム主人公クラスの強さになっている。

チェイスには仮面ライダーがいない世界なのでライダーとしての記憶もない。
……もう突っ込まないぞ! ライダーがいないとプロトドライブもいなくなるので、ハートに敗北して洗脳されたことで魔進チェイサーになる流れも消滅してんじゃねえかっ。なんて突っ込まないからな!

ドライブに詳しくない人のために解説すると、魔進チェイサーは人間ではなくロイミュードという怪人だ。抑揚のない話し方も人間ではないことによる感情の希薄さが原因だ。
けれども元々は仮面ライダードライブのプロトタイプでもあった。いわば0号ライダーだった。

紆余曲折あってチェイスは再び人間を守る側の存在となり、新たに仮面ライダーチェイサーとなる。
しかし仮面ライダーマッハである詩島剛は、父親の蛮野がロイミュードの生みの親だ。
その事実による負い目から、ロイミュードに対して強い憎悪を抱いており、それはチェイスに対しても例外ではなかった。
普段は仲の良い姉の霧子がチェイスを気にかけていた時には、『機械人形とのラブロマンス』と皮肉を言っている程だ。

けれど、チェイスは共に戦う仲間として、むしろ剛との関わりを持とうとしたものの、二人は噛み合うことなく疎んじられていた。
それでも剛は、戦いの中でいつしか憎んでいたはずのチェイスとの間に、無自覚ながら友情が芽生えだしていた。

それを自覚できた時には、もうチェイスはいない。
機械人形よりも残忍で冷酷な父親から倒されかけた剛を守るため庇い、その直後に特攻して死亡。あまつさえ蛮野がその死を侮辱した時だった。

現在、剛はチェイスを復活させるための研究に試行錯誤している。
なおチェイスとの関係が剛から語られるのは夏映画だ。
ゲイツは剛本人から直接その話を聞いていたので、チェイスの矛盾を指摘できた。

物語的には夏映画が先だと、既にオーマジオウからウォッチ継承し終えて消滅している等、いくつも致命的な矛盾が発生する。
つまり夏映画と本編には直接的な関係がなくパラレル扱いになるだろう。
『平成Forever』のように、夏映画とは別の出来事があったと考える方が自然だ。

剛が出てこないのは継承による歴史改変などの事情はあるものの、何よりも不条理な手段で復活したチェイスを対面させるべきではないとの判断だろう。
それこそミハルが登場した劇場版で、アンクの割れたメダルを安易に修復せず遠い未来から連れてきたのと同じである。
故にパラレルワールドだと明確化してでも、間接的にゲイツから詩島剛の名前を出した。

チェイスの世界には仮面ライダーがいない。
けれども仮面ライダーの存在を認識しており、詩島剛の名前を聞いて、自分が特攻した最期の瞬間が脳裏をよぎる。
それはチェイスにとって死であると同時に、剛へと自分の宝物を預けた瞬間でもある。

人間を愛して、人間を守ろうとした。
たとえその一つがなんてことない運転免許証だとしても、チェイスにとっては人間から貰った自分の存在証明とも言えるもの。それをダチになりたいと思う仲間に託した。

詩島剛も想いを託された時に、チェイスはダチだったのだと気付いて、何年かけてでも蘇らせると今も走り続けている。
その気持ちがあったからこそ、時の守護者を通じて再び二人の時間は繋がった
仮面ライダー達の歴史は消えても、強い絆は何かの形として残るのだ。

ディケイド10周年にして真の完結編

今週のディケイドを一言で表すと完全に『仮面ライダーディケイド ジオウの世界』だった。

仮面ライダーはディケイド以降バトンタッチができるようになり、レジェンドライダーが出演するようになった影響からか、昭和ライダー時代程ではないにせよ先輩後輩のイメージがそれなりに定着している。
そんな中、門矢士は先輩や後輩といったものをまるで意識せず他のライダーと接してきた。

実際、各世界を回っていた時に出会ったライダーは、記憶を失っていた士にとって、大体は先輩ライダーと呼べる存在だ。
『平成VS昭和』では、オリジナルという意味でかなり先輩である乾巧が相手でも、まるで物怖じしない自然体で接していた。
逆に後輩ライダーであっても、先輩として導くような素振りは見せない。
あるがままに偉そうで、露悪的に振る舞っている姿が一番門矢士らしい。

井上氏も意図してそのように演じてきたが、同時にジオウでは初めて『後輩』のライダーとして意識するようになったとも語っている。
やはり同じ節目のライダーであり、ただ通りすがるだけでなく準レギュラーとして物語に関わってきた。
そして、アナザージオウⅡ編では仲間を失い追い詰められたソウゴを焚き付け道を示している。

自由で傍若無人に振る舞う士が、それでも放っておけない後輩みたいに接していること自体、ソウゴ達を観察しているうちに感化されたと言えるだろう。
そして変身能力を取り戻していない状態で、ツクヨミを庇って一度は命を落とした。
ツクヨミを助けたのは他にも事情があるようだが、そのために自分の命を引き換えにした事実に変わりはない。

士の偉そうな態度は自分の本音を見せないようにする鎧みたいなものでもある。
何気にジオウメンバーの中でも途中から関りの多くのなったツクヨミは、自分と同じく記憶喪失者だった。
そして兄の身勝手に振り回されて過酷な運命を背負ってしまったのは、自分の妹である小夜と近しい部分もあるだろう。
表に出さないだけで、それなりの感情移入があったのかもしれない。

そんな士を救ったのは海東大樹だった。
過去に何度か書いたが、一部例外はあれど海東はお宝は手に入れる標的であり、得ても使わないことを半ばポリシーとしている。
超強力ツールである白ウォズのノートすら使う気配がないことから考えても、割と筋金入りだ。

その海東がアナザージオウウォッチを使って士の命を救った。
そして副作用でアナザージオウに取り込まれてしまう。

最後のお宝として狙う者が士の命なあたり、どれだけ心の内に深く重い士への感情を溜め込んでいるんだよ。
不自然じゃない形で、スーパーヒーロー大戦のヤンデレ気質を拾ってきた。
この辺りの解説は登場確定した辺りでまとめている。

士と海東の関係は簡単に言葉で言い表せない程に複雑だ。
乾巧と草加雅人のように純粋に嫌いあいながら、どこかに仲間意識を抱えているわけでもない。

仲間かと問えば、そうではないと士は迷わず答える。
事実としてアナザージオウⅡ編ではお互い躊躇なく戦っている。

海東は仲間どころかディケイドの力を利用してお宝を手に入れた。
士だってトドメを刺すのにまるで躊躇していなかったので大概である。

けれど士が本気で窮地ならば、海東は自分のポリシーを曲げて、たとえ副作用があると知っていても手に入れたお宝を使う。
海東は士に対して並々ならぬ思い入れがある。
それを決してわかりやすい形で表に出さず、むしろ積極的に嫌がらせを仕掛けて自分の方を向かせようとする。めんどくさ!

士はもっとわかりにくい。
なんせ海東に対する感情をあまり表に出さないのだ。
ただ襲われれば迷わず戦い倒そうとはする。

じゃあ純粋に敵対しているかと問えば、やっぱりそうでもない。
井上氏はジオウにおける海東との関係を、一度裏切られて離れて、再び寄り添ったがまた離れた夫婦みたいなものとコメントしていた。
そういう複雑な気持ちから、ディケイド完結編のように純粋な仲間として寄り添い合うことは二度とないだろう。

しかし手と手を取り合った過去は簡単に忘れられるようなものではない。
元々素直に感謝を伝えることができない性格だ。
だから助けられたら、憎まれ口を叩きながらもそっと手を差し伸べる。

そして海東は士の本心を言い当てた上で、その手を取らず一人で立つ。
ディケイドとディエンドは交差しても手と手を取り合うことはない。
それでも互いに互いを忘れることは決してなく、それを自分達の距離感とするのだろう。
今回は、そういう関係性の再確認でもあった。

さて、今回最も大きな要素はやはりディケイドの復活だろう。
ついにディケイドウォッチとディケイドが同時に存在しているのかという理由も明かされた。

士はライドウォッチの力とルールを利用して、力を半分だけ注ぎ込みディケイドウォッチを作成。力を奪われた時の保険としてジオウに持たせていたのだ。
半分て……ディケイドなら何やっても許される空気感が半端ない。
けれど、これで士がアナザーディケイドに力を奪われてもそんなに困った様子がなかった理由が全部判明した。

時空を操る力はディケイドに依存しないため、吸収される心配がそもそもない。
ディケイドの力もいざとなれば回収できる予備を準備済み。
本来ならそれでも回避不能な歴史改変に対しては、そもそも『仮面ライダーディケイド』には物語と呼べる歴史がない。ない袖は振れぬ。

ディケイド復活から専用のBGMまで流れて、否応なしにテンション上げてくる。
ダメ押しでディケイドがジオウにカメンライドだ! これには思わずソウゴも何それとか言っちゃう。
プレバンのDXネオディケイドライバーにはちゃんとジオウのカードも含まれていた。
使用する可能性はあったけれど、ここまで畳みかけるような状況で使ってきたので、完全にディケイドがジオウを食っている。

次回予告でジオウのカメンライドの後に死亡シーン入れたのは、美味しいシーンを見せつつ盛り上げ方を隠すためにやった完全なミスリードだろう。
せっかくあまり良いところがないグランドジオウが、最終フォームの武器をガンガン使って真っ当に活躍したのに、もうそれどころじゃない状態だ。

なお、士は力の半分と言っているが、ネオディケイドライバーの性能はたとえ半分でも激情態を上回っている
何? 性能を更に倍化できる上に、まだ激情態という切り札を持っているの?
平成ライダー20周年記念の物語で平成ライダー10周年の記念作品が完璧なマウント取っている。流石門矢士、大人げない!(誉め言葉)

そうこうしている間にウォッチは次々と壊れていき、グランドジオウの力まで失われた。
電王ウォッチがなくなって一度消滅したように、士がディケイドウォッチの力を回収したのせいでもあるのでは……最強フォームの破壊者。

これでジオウはオーマジオウに届かせるための切り札を失った。
そして世界は崩壊へと進んでいく。
仮にアナザーディケイドを倒しても、ツクヨミが消えてしまう事実を突きつけられた。
スウォルツの言葉を信じるなら、オーマジオウの歴史へ進むしか全てを救う方法はない。

もはや完全に詰んでいる状況にも拘らず、そこに悲壮感はない。
十年前と重なるような世界が終わる光景を見て、誰よりも世界崩壊をひっくり返すことに慣れている者が、いつものように告げた。

「この世界を破壊する」

先程ディケイドには物語がないと書いたが、これには続きがある。
旅そのものが門矢士の物語なのだ。

ならばこれはジオウの世界を旅する士の物語でもある。
完結を越えても、士の旅はなお続いてきた。

もう一つの歴史ある英雄達との出会いと戦い、魔法使いの世界を旅して、元号によって二分された二つの激突を経てきた。
そうして再度の十周期を迎えて、懐かしい崩壊の中に彼はいる。

未完の者達の手を引く、これまではなかった役割を引き受けて、通りすがった世界を壊して創る。
これは、これまで通りの、けれど時代が終わる特別な二度目の完結編。