仮面ライダージオウ 10話『タカとトラとバッタ2010』

どうも好きなグリードはメズール(グリード状態)の下駄です。

一週間の休みを挟んで、今回はオーズ編の後編。
前半は檀黎斗王が大暴れしつつも、オーズのエッセンスは色濃く残すというアクロバティックな構成でした。

今回はもう一人の王、火野映司がまさにレジェンドといえる大活躍でしたね。
比奈ちゃんの「ふんにゅー!」もすごく可愛いかったです!

物語全体を見ても、前半のアンサーとしてはこれ以上ない綺麗な着地でした。
個人的には王回だけど神回です。

今回はソウゴが異なる王達を見て何を学んだのか。
檀黎斗王が神からなにをどう取りこぼしてしまったのか。
そして歴史が改変されても変わらない火野映司の思想とアンクの関連性についてを考察しました。

ソウゴの魔王研修

織田信長は魔王と恐れられた暴君のイメージはあるが、同時に群雄割拠の戦国時代で天下布武の道を作った名君でもある。
魔王が必ずしも悪であるとは限らない。
ソウゴはちゃんとそういう分別を付けた上で、現代において本気で王になろうとする檀黎斗から良い王とは何かを学ぼうとしていた。

しかし残念なことに檀黎斗には王としてのビジョンはなかった。
王になるまでの計画は決して行き当たりばったりではなく、時間をかけて用意周到に準備していた。
だがその先はないのだ。

これは恐らくアナザーオーズの影響で『王になりたい』という欲望が暴走しているためであろう。
前回のブログで書いたことだが、メダルを投入された被害者は、目先の欲望がそのまま目的になってしまう。
おまけにオーズアーマーで攻撃されるとアナザーオーズはメダル排出していたので、中身まで本格的にグリードそのものだった。

そのため王になったら今度はより強大な大王になろうとする。
王になってどういうことがしたいか、というビジョンはなく王になることが目的となっているのは、まさにオーズの形式である。

中身がなくただ王として君臨したいだけの檀黎斗をソウゴは反面教師として打倒する。
結果としてウォズの言った通り、檀黎斗はソウゴ王理論の土壌を育てる肥やしとなった。
50年後の未来人が肥やしという表現使うのはちょっとシュールだ。

もう一人のオーズ、火野映司からは繋がることの重要性を学んだ。
王とは皆が望むからこそ王として君臨できる。
檀黎斗も神の頃は(暴走さえしなければ)その技術や力は望まれていた。

ウォズを除けば一人で大暴れしているオウマジオウの在り方は、むしろ檀黎斗王に近しい。
ソウゴは映司から、オウマジオウを否定する最善の魔王になる重要な要素を学んだと言える。

またソウゴの未来を巡って、仲間であるツクヨミとゲイツの間でも視点の違いが生まれだした。
ツクヨミはソウゴが魔王になるつもりでも、それが全面的に悪であるとは限らないと気付き、ジオウのサポートを続けることを決意した。

ゲイツは信用しかけていたところを裏切られたショックもあり、ジオウの監視兼協力からは離反。
ツクヨミって出番はそれほどでもないけど、毎回胃が痛くなりそうな役割ばかり押し付けられてないだろうか?
ソウゴとゲイツはもっとツクヨミに感謝して労るべきだと思う。

ただしゲイツもソウゴの話を聞いた後は、前回と違って積極的に敵対して倒すという態度は取っていない
ソウゴが悪人ではないと信じているが飲み込めないという状況なのかもしれない。

魔王になる良し悪しよりも、魔王になると確定したこと自体が問題なのである。
オウマジオウになるリスクを無視できないというのは、未来を支配されて多くの仲間を失っているゲイツなら決して大げさではない考えだ。

それでもアナザーライダーとの戦いに協力して、「さよならだ、ジオウ」とか言ってしまう。
離反する時までゲイツの実は良い奴キャラが止まらない。

ジオウの魔王化妨害なら、他のライドウォッチを先に集めてしまうのが一番手っ取り早い。
しかしジオウは次回予告で早くも鎧武アーマーをゲットしていた。
また空回った末にレジェンドから諭される未来が想像できてしまう。
説得されて再来週には戻ってくる気がする!

檀黎斗が敗北から再び神になる可能性

檀黎斗は父親である檀正宗から強いプレッシャーを受けていたようだ。
小説版だと、黎斗はその圧倒的な才能からワガママ放題で育ってきた。

宝生永夢の考えたゲームの企画案と出会ったことで、生涯はじめての挫折を味わう。
そこから永夢を超えるゲームを開発するという目標が生まれて、更にはゲーム病のウィルスを見つけたことがきっかけとなり、『神』になれる道を見つけるに至った。

しかしエグゼイドの世界は既に歴史改変が起きている
宝生永夢の出会いがあったかは不明だが、少なくともゲーム病は消失しており、独自の生命倫理から神になる流れが断たれている。
(ただし永夢の手紙を送ったところまではバグスターと関わりが薄いため、歴史改変される理由はないはず)

黎斗はおそらくゲーム病がないため神に至る道が見えずにスランプに陥っていた。
しかし正宗は黎斗に対して、ゲームクリエイターとして高い商品価値を見出していたため、より良い新作のためプレッシャーをかけ続けた。
そこへタイムジャッカーが表れたという図式が一番近そうだと思う。

正宗をパパ呼びしていたことからも、(小説版だと本人が望んだというのもあるが)周囲と人付き合いが限定された環境で育ってしまったのも窺える。
原作の流れだと母親の檀櫻子は黎斗の才能に付いて行けず、家庭崩壊しかかっていた。
しかし永夢の手紙を読んで、母親として再起を誓っている。
ゲーム病がなく櫻子が存命だったらここまで関係がこじれていないように思う。

ともあれ、ゲームクリエイターに限界を感じていた黎斗はアナザーオーズになって力に溺れ、王になることを選んでしまった。
しかし黎斗は元々王になりたかったわけではなく、アナザーライダーになったのも強制的なものだ。

王になることに失敗して、黎斗は新たな挫折を味わった。
それは同時にアナザーライダーや仮面ライダーという存在を認識したということでもある。

他のレジェンド達は歴史改変の影響で仮面ライダーの記憶はなくなったが、檀黎斗だけは仮面ライダーとの関わりの線が切れていない。
これだけ大きなきっかけを得た黎斗なら、これをバネに再起できる可能性は十分にあるのではないだろうか。

それにもう一つの重要事項として、黎斗は今回ソウゴに敵として認識されて一方的に倒された。
黎斗は気絶して終わっており、ブランクのライドウォッチを受け取る描写がない

檀黎斗はこの後、何らかの形でブランクのウォッチを得て、2016年にゲンムアーマーを生み出している可能性がある。
つまり俺達の檀黎斗神はこれからだ!

ハッピーバースデー変わらない火野映司

映司の人格が最も凝縮された台詞『ちょっとのお金と明日のパンツ』が今回も登場だ。
火野映司は歴史改変で政治家になっていたが、根底にある思想はまるで変わっていなかった

泉比奈と初対面なのでクスクシエやグリード関連の記憶は完全にないだろう。
しかし映司の一見すると無欲な思想は本編開始前から生じている

つまり子供を救えなかった記憶や、旅をしていた時の行動が全て父親の政治活動に利用されたことも、まるっとトラウマとして火野映司の心には残っている。
それでも映司は旅をやめて政治家になった。

過去の失敗とトラウマから『一人の力では限界がある』と映司は悟った。
そして多くの手を掴めば、一人ではできないことも叶えられる。
この思想はオーズ最終回で映司が出した結論と全く同じだった。

それを具体化する手段として映司は政治家という手段を選んだ。
映司の思想と本編の設定、そして改変された歴史がビックリするほど綺麗に繋がっている。
おかげで政治家になった理由にものすごく説得力があった。

これだと物語の構成上、変身する必要性が全くない。
逆に、ここで下手に変身させると蛇足になってしまう。
歴史改変されても一切ブレずに火野映司は火野映司としてここにいる。

改変されても人格が変わらずトラウマを乗り越えたのならば、アンクと出会い手を掴んだことに意味はなかったのだろうか?
そうとは限らない。その理由が胸元の赤い羽である。

オーズファンならば、あの羽がアンクをイメージしたものであるのは言うまでもないだろう。
わざわざスーツに赤い羽根を付けているのだから、映司の心情的にあれは付ける理由があるはずだ。

話は少し変わるがビルド編だと歴史改変されても、本来出会う理由がない戦兎と龍我は、変わらず一緒に過ごしていた。
二人の関係は、強い絆があれば歴史改変を受けても繋がっていられるかもしれないという可能性を示している。

同じ理屈で、映司はグリードとは違う形で改変されたアンクと出会っていた、という可能性だってあるのかもしれない。
ビルドコンビの関係から、改変後の事象は改変前に影響されていることは明らかだ。

火野映司は改変前にアンクの手を掴んでいたからこそ、改変後でもまたアンクに出会えて、別の形で心の傷を癒やして未来へ進めたという考察ができる。
改変後の映司が辿ったであろう苦悩と再生の物語は不明だが、これはジオウの物語である以上本編でやるべきことではない。
だから胸の羽一つで色々と想像できる余地を残してくれていることが重要なのだ。

ゆえに私達は胸の羽があるから堂々とこう言える。
どれだけ火野映司の歴史が変わっても、アンクの手を掴んだことは絶対間違いじゃない!

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