[作品トップ&目次]
悠が極寒の地へ導かれた当初は、立香と同じく動揺と驚きがあった。
ヒトもアマゾンもいない世界。
守るべき存在も、倒すべき敵もいない。
いや、それはここにくる前から同じだった。
自分を除けば、アマゾンはもはやヒトを食さない草食タイプが細々と生きるのみ。
そして、あの地にはもう自分の居場所はない。
最後に残った一匹の獣は、狩る者達から逃げ回りながら、ただ生きていくだけ。
世界を白紙化から護る戦いは、そんな彼に新たな生きる価値を与えた。
初めてアマゾン以外の仮面ライダーと出会い、導かれ辿り着いた世界がこの獸国の凍土。変わり果てた地球の姿だった。
そこで出会ったのは、ヒトともアマゾンとも違う生命体ヤガ。
文明は明らかに衰退して、生きる糧を得るだけでも必死だ。
けれど、彼らの生き方に触れて、悠の脳裏に久方振りの『あの言葉』が蘇った。
『何も傷つけず、自分の手も汚さない。優しい生き方だけどな、何の役にも立たないんだな』
悠にとって、最大の敵であり、師であり、同類だった男。
最後まで残った二匹の獣。その一匹。最後に自分が殺した片割れ。
この過酷な世界で生きるために、ヤガ達は獲物を狩り、生きるために喰らう。
優しくない生き方で、厳しい世界を生き抜いている。
悠は新たに守りたいと思う存在を見つけた。
●
「それで、協議の結果はどうなりましたか?」
カルデアの代表として問うた立香に、悠は小さく頷いて返す。
「ヤガ達は人間という種族に慣れていません。ですが、このままでは雷帝を倒す悲願には届かない。何より、士さんに倒されたヤガ達は軽傷で、もう皆復帰しています」
現実的に高い戦闘力に加えて、叛逆軍を無闇に傷付けない意思を見せた。
ヤガの高い生命力もあるが、極力怪我をしないよう配慮したことが活きたようだ。
「我々は貴方達と同盟を結びます」
『できれば君が藤丸君と契約してくれるとありがたいんだけど』
ただし、ダ・ヴィンチの申し出に対しては首を横に振った。
「すみませんが、それはできません。叛逆軍はあくまで叛逆軍としての行動を続けます」
悠が立香と契約を結べば、自動的にカルデアの傘下へ入ることになる。
サーヴァントは契約者の使い魔である以上、叛逆軍がカルデアの配下に入るも等しい。
立香に叛逆軍を操る意思はないと悠は感じている。
けれど戦いが激化すれば、カルデアを守るため叛逆軍を犠牲にせざるを得ない事態に陥るかもしれない。
それに雷帝の元には魔術師がいる。彼が敵の精神支配を受ければどうなるかわからない。
マスターには令呪という一方的な命令権がある限り、リーダーである悠はその立場と責任から軽々と契約は結べないのだ。
悠が拒絶した理由には、そういう意図が込められている。
シャドウ・ボーダーから通信している才人二人はその意味を当然理解していた。
ならばこそ出てくる疑問をホームズは投げかける。
『ミスター水澤、君は叛逆軍をまとめているだけあって、とても理性的な人物のようだね。バーサーカーのクラスとは思い難い程だ』
シャドウボーダー内の設備があれば、悠のことはすぐサーヴァントだと特定できた。
それも基本の七種の中でも、悠は自制が効きにくく最も危険である狂戦士のクラスである。
「僕がバーサーカーなのは、体内のアマゾン細胞が原因だと思います」
『ふむ、私は初めて耳にする名前だね』
「簡単に説明すると、アマゾンは人間と異なる生命体で、その中でも僕は人間の遺伝子を持った特殊なアマゾンです」
「つまり……どういうこと?」
英霊ともアルターエゴとも違う、完全に未知な存在。立香の脳内では大きなはてなマークが浮かんでいる。
「つまり悠さんは人間とアマゾンのハーフということでしょうか。それとお話から察するに、アマゾンとは本来バーサーカーとして認定される程の凶暴性を有していることにもなります」
「はい。アマゾンは動物性のたんぱく質……とりわけヒトの肉を強く好みます。中にはヒトを喰らう衝動に負けて、自我が崩壊するアマゾンも少なくありません」
『人間の肉だと……!』
彼の言葉に一番強く反応したのはゴルドルフだった。
立香も声こそ上げないが、反射的に体が強張っている。
『そんな食人衝動持ちの怪物をシャドウ・ボーダー内に入れられるものかね! いや、逆に契約して令呪でさっさと衝動を封じてしまった方が……』
「僕は人間の遺伝子を持っているためか、アマゾンの衝動は薄いんです。サーヴァントになる前は、暴走してヒトを襲うアマゾンと戦っていました。それだけは信じてください」
『いや、しかしだね……』
「信じます」
躊躇うゴルドルフを余所に、立香はハッキリと頷いた。怯えている様子はもうない。
「いいのか、こいつはバーサーカーってやつなんだろ?」
念を押したのは士だった。
モニターからは『そうだ、考え直さないかね?』などという怯えた声も聞こえてくるが、士の雰囲気はそういう恐慌からくるものではないと一目でわかる。
「バーサーカーは本来理性を失った狂戦士で、たとえ元は聡明な人物であっても変質してしまいます。これまで契約を結んだ数々の英霊や、以前の聖杯探索、オルレアンがそうであったように……。ですが」
「ならいつ暴走するかわかったものじゃない。違うか?」
士はマシュの反論を途中で遮った。視線は最初からずっと立香へ向けられたままだ。
お前が答えろ。と彼の瞳が告げている。
「ねえ、パツシィは俺達を食べたいとは思わなかったんだよね」
「俺か? ああ、そうだな。前も言ったが、多分ヤガが元はヒトだったからだろうぜ」
「それってヤガとヒトが種族的に近いってことだよ。なら、アマゾンはヤガでも食べたいと思うんじゃないかな」
「なるほど、それは一理あると思います」
「もしこれまでアマゾンの衝動があったのなら、叛逆軍のリーダーなんてできなかったと思う」
悠はヤガ達から信頼を得ている。それは彼と出会ってからここまでで、十分に確信できている事柄だ。
もし食人衝動を抑えるのに必死だったのなら、普段はヒトの外見をしている彼が、ヤガ達との信頼を勝ち得てリーダーというまとめ役にはなれなかっただろう。
それはただの主観だけではなく、それなりの論理性を有している。
『我々を謀って、油断させてから美味しく食べる作戦かもしれないのでは?』
『どれだけ疑り深いんだよ、オッサン……』
通信側、奥の方から小さい呆れ声が聞こえてきた。多分職員の一人ムニエルだろう。
「それならあえて食人衝動の話はしないと思うよ」
食人の衝動を教えなくても、アマゾン細胞とバーサーカーの関わりは説明できたはずだ。
説明すれば警戒されるとわかりきっているのだから、隠れて襲う線は薄い。
「理由は憶測だけか?」
士はまだ認めようとはしていなかった。
これらは状況から推測しているだけで、確信に至る証拠はない。ホームズならまだ推理ショーは始まらない段階だ。
「それに悠さんからはコロンブスやおっきーと初めて会った時の、嫌な感じがしなかったから」
「誰だそいつら?」
「先輩を過去に陥れようとしたサーヴァントです。どちらも少々性格に癖が強いですが、今はいてくださると大変心強い方達でもあります」
モリアーティ教授やコロンブスから立て続けに騙された立香は、英霊とはいえ無条件に信じることの危険性は知っている。
それでも……いや、だからこそ、だ。
「まあ、本音はただ悠さんを信じたくて理由を探したようなものなんだけどさ。だって」
立香は周囲のヤガ達を見回した。そこにはさっきの子供もいて、邪魔しないよう遠巻きにこちらを眺めている。
「悠さんはここの人……ヤガ達を必死に守ってきたんだよね。その気持ちを俺は信じたい」
立香はハッキリと士を見据えて告げる。
「それが、悠さんを信じる理由だよ」
「……まったく、ずいぶんお人好しだな」
あくまで悪ぶっている士の表情はしかし、見るの者に不快さを与えない笑みだった。
それを少し意地の悪い肯定だと受け取った立香は、もう一度悠へと向き直る。
「改めて、俺達を叛逆軍に入れてもらえませんか?」
同意を求めるように、自分の右手を悠へと差し出した。
元々サーヴァントと契約するためにここへ来たわけではなかったはずだ。
叛逆軍がカルデアの傘下になるのではない。カルデアが叛逆軍の下へ入る。
彼はそのミッションを忠実にこなしていた。
状況的に空気を読んだのか、それともシャドウ・ボーダー内で説得されたのか、ゴルドルフも押し黙っている。
「ありがとう……」
悠はただ一言だけそう応え、悠は立香の手を取りしっかりと握手を交わした。
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