オタクの歴史は長く、多種多様な言葉が溢れています。
近年だと『推し』や『尊い』などは有名でニュアンスもなんとなくわかりやすいですが、中には『祭壇』や『トゥンク』など言葉だけだとなんのこっちゃわからないものも多いです。
そういったオタク用語をまとめた辞書とかないのかな……と求める人は結構います。
実際にオタク同士で言葉を共有するために生まれたのが『オタク用語辞典 大限界』です。
しかし残念ながら、この辞書は発売してすぐ、当のオタクの間で大炎上に至りました。
今回はその理由についてを解説いたします。
辞書内容の偏りが露骨で酷い
本書は、名古屋短期大学現代教養学科の学生12名が、本人らの周りで使われているオタク用語を約1,600項目を集めて語釈と用例を付けた辞典だ。
この本人らという条件がくせ者で、自分達のいる界隈については語彙も多く解説も細かくなりますが、そこから外れると数も質も下がる。
本書は全部で13章構成であり、第7章以降はゲーム関係でまとめられており、これが全体の7割以上を占めている。
オタクとしては一番ポピュラーだろう2次元(アニメや漫画)関係が6章だけまとめられていた。
対して、ゲーム関係はファイヤーエンブレムやプロジェクトセカイなど、有名は有名だけども、少なくとも現在のゲーム関係でトップクラスではないタイトルで一章を費やしている。
また男性向けの用語よりも、女性向け側への偏りも観られた。
要するにこの辞書を編纂した方々は女性のゲーム界隈オタク達だということがよくわかる。
根本的に辞書として公平性や網羅性に大きく欠けているのだ。
また、この本を出版したのが辞書で大変著名な三省堂であったことが不評に拍車をかけた。
元々本書は同人誌として作られたものが追記修正を経て発売されている。
一サークルの同人誌としてならば出来が良いものだったのが、三省堂の看板を背負って辞典と名乗ったことで評価のハードルが一気に高くなった。
そして悲しいかなそれに、耐え得る完成度とは程遠かったのである。
辞書としての精度が低い
内容が偏っているから、その部分に対してはクオリティが高められているのかと問われれば、それもノーだ。
例えば2.5次元にて『マチソワ』という言葉が入っているが、これは一般的な演劇の用語である。
しかも三省堂の宣伝ページでも用語例としてマチソワが書かれていた。編集と確認が行き届いているとはとても思えない。
『討ち死に』など、2.5次元でも特定の作品内でしか使われない用語も大項目に含まれていた。
わかりやすく言えば、『ライダーキック』や『スペシューム光線』を『特撮』という大ジャンルで括るようなもの。
大項目のみで構成された辞書というのなら統一感はあるが、前述したようゲームについては『ゲーム共通』と特定作品で分けられているので、それはツッコミを受けて当然だろう。
また内容自体が主観的なので人によっては異論が出てしまいます。
例えば、まさに代表的な用語である『オタク』の項目はこうです。
推しの為に自分が持つありとあらゆるものを投げ打つ事が出来る者
あらゆるもの等の脚色は置いておく。
『推し』という言葉がオタク界隈全体で流行したのは早くても2010年代以降。
また、アイドルやそれに類する人に使われていた言葉が全体に広がった言葉だ。
アイドルオタクがアニメオタクなどと一緒くたに扱われだしたのもその辺りからで、以前は割とハッキリ線引きされていた。
そのため、『推し』文化が定着する以前からオタクをしている層の現役世代も、まだまだ大量にいる。
オタク=推し活で括ってしまうのは、雑な括りであると反発が出るのは自然なことだ。
ある意味最も重要で基本的な『オタク』というワードでこれである。
他のワードでもその内容に異議を申し立てている人は、本書の評価で検索すれば大勢出てくる。
オタクの長い歴史の中で、広義化か変化していったワードも珍しくはない。
それらの歴史的な背景や現在の立ち位置についての調査や編集の甘さも目立っている。
そもそもオタク用語の辞典化は現実的じゃない
オタクの歴史は既に半世紀を超える長さである。
そうした中で自然発生して、状況に沿って変化し、時には消えていった言葉達だ。
もはや出所が不明なものや、どうしても説明が複雑化してまうものも数多い。
網羅するにはあまりに数が多過ぎて、説明も選別も難しい。
流行を追うだけでも大変な労力になり、確実に「これは入れるべきでしょ」とか「なんでこんなの入っているの?」と個人間の感覚にも大きく左右される。
このように、オタク用語を一冊の本にまとめ上げるのは、どうあがいても現実的ではないのだ。
そしてネット上でならWikipediaやPixiv大百科など、オタクに関連するワードを細かく網羅的に解説しているサイトはいくつもある。
内容を評価するならば、自ずとこれらが比較対象にもなってくるだろう。
たった十数名が集めて編集した用語集が、ネットの集合知に勝つのは至難の業である。
実際、その壁を乗り越えることはできなかった。
Amazonなどのレビューで本書を高評価しているのは、その多くはオタクではない人達。
それも勉強用というよりは、ジョーク本としての扱いだ。
オタク側の高評価もやはりネタ本としてであり、ほとんどの者が辞書としては評価していない。
ネットを漁れば量でも質でも上位互換は存在する。
本書としての価値は、この時代における女性オタクの価値観が書かれた歴史的な意味での資料。
もしくはライトオタクが「こんな用語もあるんだ」と面白がって眺めるといったところだろう。