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【ジオウスピンオフ RIDER TIME 仮面ライダー龍騎】第三話感想 龍騎とは命と願いの物語

2019年4月16日

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RIDER TIME 仮面ライダー龍騎 EPISODE 2『ALive A life』

全3話の最終回が配信開始されました。
二転三転する戦いに、最後の熱く切ない流れ。
最後の最後までまさに龍騎でした。

流石にラストはジオウ組にも見せ場はありましたが、メイン所は最後まで一切譲らない。
ブレイドが本編で救われようとも、龍騎だけはハッピーエンドにしない姿勢がひしひしと伝わってくる締めくくりでしたね。

そしてゲイツのオルタナティブ蓮扱いが、遂に城戸真司公認となっちゃった!
状況的には蓮を失ったばかりで、喪失感から空目してしまったというのは大きいでしょうが、公式でやりおったというのが大事なところです。
もうシザースの扱いやガイのガードベント並に、一生ファンからネタにされ続けるでしょう。

そして大方の予想通り、最終話も話のギッシリ感がすごい。
よくこれだけのスケールを、この時間でまとめたなあと思います。

ただ、全体の整合性という観点で見ると、噛み合わないなあと思う部分があったのも事実。
むしろ、もはやこれだけの尺しかないのなら、物語の整合性よりも視聴者に見せるべきモノを見せろ!
というような怒涛の展開でした。

ただし見せ方は上手いので、詰め込みすぎて意味不明なんてことにはなっていなくて、ワンシーンずつは非常に面白い。
また流石に最後だけあって、ちゃんとジオウサイドの見せ場も用意されていました。
そこにはジオウと龍騎を組み合わせた意味や魅せ方がちゃんと含まれています。

全話を見た上での総合的な感想はまた別に書くつもりなので、今回は純粋に三話個別としての感想と考察をまとめていきます。

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浅倉威の不死身さは劇場版繋がり

リュウガは特別枠としても、最終局面まで生き残るのが龍騎、ナイト、ゾルダ、王蛇の四名なのは宿命という名のお約束だ。
そして最終決戦の幕開けであるリュウガと王蛇の格闘戦は、なんとどちらも引かずの互角だった。
劇場版ではリュウガに圧倒された過去を王蛇が覚えていたため、相手の動きに対応していると解釈すると、シーンとしては短いながらも熱い。

蓮に死を望んでいると言われたものの、浅倉には全くそんな気配がなかった。
浅倉にとって戦いとは生を自覚する行為に近い。
痛めつけるか痛めつけられるか、そのどちらかでしか生きられないのが浅倉威だ。
そんな男が唯一自ら破滅を歩んだのは北岡との決着が付けられないと悟った時だけだった。

けれど、今回は最初から北岡がいないと理解しているためか、そんなものお構いなしに最初から最後まで暴れっぱなしである。
最後は一度倒れたと見せかけて再び武器を手に、真司と蓮の戦いに乱入。
本当に終局の終局で蓮の命を狩りとった。

けれどまだ足りないと足掻きながら消滅していく。
デッキを壊されても尚、完全に消滅するまで戦い続けたのも劇場版と同じ流れである。

そこまでやってようやく肉体が先に燃え尽きたという感じだったが、浅倉に最後のとどめを刺したのは紛れもなく吾郎だった。
北岡最後の心残りを悟郎が叶える。
前回の戦いで浅倉に敗れた悟郎は、今度こそ倒すために芝居を打ったのだろう。

芝居をしている間に浅倉への恨み辛みが増したような執念を感じた。
最期の吾郎ちゃんも大分狂気入ってて怖い。
浅倉の狂ったかという言葉は、ある意味間違っていなかった。

互いに互いの最期を看取りあった真司と蓮。
北岡の意思を引き継ぎ、今度こそやり遂げた吾郎ちゃん。
三人はTV本編からの流れを汲んだものだった。

浅倉だけが劇場版を強く意識しており、まさに知性ある獣を体現していた。
(劇場版の脚本も井上氏なので、狙って書いた演出の可能性は高いだろう)

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ディケイドアーマー活用法の最適解

本作は、物語の整合性よりも龍騎という作品の持つポテンシャル、そしてファンの思い入れを優先した構成だ。
要するに大切なのはジオウの世界観によって2019年に蘇った仮面ライダー龍騎という作品を、いかに楽しみ尽くすかが大事なのである。

ジオウⅡでアナザー龍騎が倒せないのは不可思議で、それに対する解説もあってないようなものだった。
けれど、その結果ディケイドアーマーの龍騎サバイブが登場できた。
龍騎だと通常から即最強フォームになるので、本当の意味でファイナルフォームタイムだ!

展開的には龍騎で倒しきれなかったアナザー龍騎を、ジオウが事実上の強化フォームであるサバイブで倒すという構図だ。
本編で大きな成果を上げることなく、すっかりフェードアウトしてしまったディケイドアーマーがスピンオフでまさかの活躍を見せた。

本来ディケイドアーマーの見どころはウォッチ二つ使用での強化フォーム使用にある。
本編では残念ながらディケイドウォッチのシステムはあまり活かされる機会がなかった。

ファイナルフォームタイムだと、オリジナルの龍騎をジオウが上回っても、純粋に強化フォームを使用しているので嫌味がない。
また、龍騎はその特殊性故に強化アイテムを喪失している。
龍騎ウォッチからサバイブの流れが、もはやディケイドアーマーを使う上で最適解のような流れだった。

この流れはこの後に続くオーディン戦でも活かされる。
オーディンがゴルトバイザーにサバイブ三枚を格納できて、常時サバイブ体という設定は『仮面ライダー龍騎』から既にあったものだ。

しかし神崎士郎が『烈火』と『疾風』のサバイブカードを他のライダーに渡していたため、オーディンが所持しているのは実質『無限』のサバイブのみだった。
ゴルドバイザーが作中で開かれたのも、全てのサバイブが揃ったのも今回が初めてだ。

元々意図的に作られたチート性能ライダーであり、作中でも理不尽な強さだった。
そのためサバイブ三枚揃えている状態で、ディケイドアーマーとゲイツを圧倒するシーンは懐かしさがあった。
(その後慢心から倒される流れも圧倒的安心感とお約束である)

そんな三枚サバイブに対抗して、ディケイドアーマーのサバイブ状態で龍騎とナイトのウォッチを同時使用することで、サバイブ二つのエネルギーが発現した。
元々ジオウはライダーの力を『引き継ぎ』自分のものにする。
(ジオウ達の背後にはそれぞれ龍騎とナイトのサバイブが浮かび上がっていた)

そのためサバイブの力を得ること自体に問題はない。
ジオウがサバイブの力を得たのなら歴史改変によってオーディンのサバイブが消失するのも、少々強引ではあるが理屈としては理解できる。
そして何より、クライマックスシーンでは熱さと尊さが優先なのだ。

『仮面ライダー龍騎』という作品においてナイトはただの二号ライダーではない。
ナイトなしでは物語そのものが成立し得ない、もう一人の主役と言っても過言ではない存在だ。

しかし大きな作品枠で見ると、劇場版などだとどうしてもナイトは龍騎の影に隠れる。
実際、龍騎ウォッチによるアーマー装着はあるが、ナイトはウォッチのみしか存在しない。

そこをウォッチを同時使用して二つのサバイブを奪取するという展開に持ち込むことで、ナイトという存在に特別な意味を持たせた
真司と蓮の二人がいたから、最後のオーディンを打ち破ることができたのだ。
そして、それは同時にミラーワールドの終焉を意味していた。

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仮面ライダー龍騎は命と願いの物語

OREジャーナルの編集長である大久保は『仮面ライダー龍騎』における戦いをこう記した。
この戦いに正義はない。そこにあるのは純粋な願いだけである

サラは恋人である加納達也を止めるためにミラーワールドの戦いを再開させた。
加納達也は死が迫るサラを救うため人々を襲う殺戮ゲームを始めた。

アナザー龍騎のゲームには神崎士郎と思わしき人物が力を貸している。
つまりサラが起こしたもの同様、形は本来のものと違う亜種であっても、ライダーによるバトルゲームには変わらない。

どちらも、行為としては正義とは呼べぬものだろう。
けれど、そこには相手を想う純粋な願いがあった。

真司は最期の一人になり、サラから新たな命を受け取りミラーワールドから脱出する。
そして加納達也のゲームを止めるためにアナザー龍騎と戦う。

真司が戦う動機はサラに命と願いを託されたためだ。
けれど、決してそれだけではないだろう。

TV本編の終盤にて、真司は戦いを止めることこそが自分の願いなのだと見つけた。
誰かに辛く悲しい思いをさせたとしても、ライダーの戦いを止めたい。
その行為の正しさよりも、自分がそうしたいという願いがそこにはある。

そしてアナザー龍騎との戦いへと辿り着くまでに、真司は多くの仲間やかけがえのない者も失った。
犠牲になった者達のためにできることも、やはりライダーの戦いを終わらせることだけだ。

大切な誰かのために他者を犠牲にしようとする願いと、相手が悲しむことになっても他者を守ろうとする願い。
アナザー龍騎と龍騎の戦いは純粋な願いのぶつかり合いなのだ。

仮面ライダー龍騎における根底のテーマ。
『命』と『願い』は何一つ変わることなく、むしろ潔癖なくらい物語の中で丁寧に描かれていた。

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