どうも、ゲタライド(@ridertwsibu)です。

先日、Twitterでスーパー戦隊や仮面ライダーの女性主人公がいないことについてのツイートが流行しました。

ハッキリした根っこがわからないのですが、恐らくはこういう趣旨の話から広がった模様。

女児だって男が活躍するスーパー戦隊とか仮面ライダー好きでもいいじゃないか! っていうのが自分のジェンダー観ではある。
そういう女児達の為に、女性が主役の戦隊とかライダー作った場合、それは喜ぶのだろうか?

晒す気も攻撃する意思も全くないので、あえて引用ではなく内容を要約したものを掲載しています。

これまでも『仮面ライダーに女性がいない』とか、『ピンク色も取り入れるべき』みたいな、お前ら観てないだけだろう案件は定期的に出てきました。
そういうのは特撮オタクの批判リプが飛び交い終わりなのですが、今回がそれらと異なるのはちゃんと知識がある人が持った疑問で批判的な意図がない。
そして『女性が主役』に絞られていることです。

流行っていると知る前(本格的に流行りだす前)に個人的な見解はちょろっとツイートしたのですが、改めて私の見解を整理してみたいと思います。

何故ニチアサヒーローに女性主人公はいないのか

『そもそもどういう方向性で語るべきか』で今回の話は大きく方向性が変わってくる。
私がまず考えたのは『なぜこれまで女性が主役のスーパー戦隊や仮面ライダーがいなかったのか』だ。

『多様性を認めるため女性の主役もいるべき』だと結論ありきの話になってしまう。
また、厳密に言えば組織的には女性がリーダーだったり、プリティ電王だったりとか例外は一応ある。
あるが、今回はそういう例外を主題に置くと話の根幹がズレてしまう。

あくまでテレビシリーズの主役として女性が主役の作品がないが主題であって、これ自体は肯定も否定もなく純粋な事実だ。
そして、当然だが現在『いない』なら『いない』なりの理由がそこにはある。

こういう時、私はマーケティングの観点で考察して、話の流れを整えていく。
以前の記事で現在における仮面ライダーシリーズの顧客層は『子供を主軸にして、計画的に大人層も取り込んでいる全年齢向けコンテンツ』であると語った。

その根拠や理由は元記事を読んでもらうとして、もっと掘り下げると主層は未就学の男児となる。
テレビマガジンやてれびくんが情報誌としてメインになっていることからも、これは疑いようがない。
その上で、今は一旦話をわかりやすくするため、他の視聴層は置いておく。

ではなぜ男児向けの作品なのかと言えば、元々男児向けの特撮ヒーロー番組として制作されたからとしか言いようがないと思う。
番組を作る時にメインの視聴層を据えるのは当然で、そして思惑通りに番組がヒットしたので現在まで続いている。

では次に『女性が主役の必要はあるか』だ。
これはジェンダーレス的な思想を除いて、二通りの考え方があるだろう。

一つはメインの視聴層は男児を主体にしたままで主役を女性にする。
もう一つはメインの視聴層を女児に設定し直す。

前者で言えばそれこそジェンダー論でもなければやる意義があまりない。
『男児が見る作品だって女性が主人公でもいい』は成り立つ。
しかし男児が見る作品なのだから男性が主人公の方が自己投影や感情移入がしやすいのも純然たる事実だ。

やる意義がないとは言ったが、女性主人公でもこれまでと同じように男児が喜ぶ番組が作れるなら、制作可能な幅が大きく広がるので東映のメリットになり得る(どのようなメリットかは後術)。
けれどそれ以上に、あえて喜ぶ男児が少ないと思われる女性主人公を据えるのは、東映として大きなリスクになるだろう。

後者の女児向け仮面ライダーはまさに『そこに利益を出せるだけの需要があるのか』だ。
男児向けに作られた仮面ライダーは、男児の好みにフィットするよう作られている。

この前、二児の母親が描いたスーパーヒーロー戦記の感想漫画で、とても興味深い描写があった。
息子は最初からノリノリで映画を見に行ったのだが、娘は推しのキラメイブルーは見たいが仮面ライダー側が恐いと当日行くのを渋りだしたそうな。
結局推しの魅力が勝って映画館へ行き、上映中は作品に夢中でめでたしめでたしだった。

ここで重要なのは、この娘が『仮面ライダー』は恐くて、『スーパー戦隊』のブルーが大好きという部分だ。
仮面ライダーにはシリアスな展開や、ライダー同士の抗争といった要素も多分にある。

プリキュアシリーズの初代『ふたりはプリキュア』でも、実は似たような現象が確認されている。
初期のプリキュアは敵幹部が恐いと言われため、途中から幹部のキャラ性はデフォルメされ、仲間同士でコントっぽい会話も交わすようになった。

また劇場版で敵に操られたキュアホワイトがキュアブラックと対決する話は、女児達から不評だったというのは有名な話だ。
全員が全員そうとは限らないという反論はあるだろう。けれど傾向というものは確かに存在していて、商売としては最大公約数的に子供達の喜ぶものを提供することが重要だ。

それを加味した上で、女性が主役の作品を作るのなら、設定全体ももっと女児向けに寄せる必要がある。
主役が女性で、敵は幹部も含めデフォルメ化して恐くなくて、シナリオも同様にシリアスさを削る。
ライダー同士バトル(味方同士の抗争)はご法度。基本的なデザインももっと女の子が好む方向へと調整して……。

はて、これは仮面ライダーとして作る必要があるのか。そのためにプリキュアがあるのでは? とツッコミたくなる人はきっと多い。
まるで無理やり強くなろうと意識し過ぎて、他人の技を丸パクリしていた緋道蓮のようだ。

また、仮にそういう番組を作った場合、放送枠はどうするのか。
従来の仮面ライダー枠に女児向けライダーを入れるのは、それこそ今まで仮面ライダーを楽しんでいた男児達の気持ちをないがしろにする行為だ。
同時に、それまであった利益を手放すことに繋がる。制作側にとってみれば悪手以外の何物でもない。

昨年の2020年、タイツメーカーのアツギが自社の宣伝として様々なタイツ姿の女性イラストを公開した。
だけれど、ほとんどのイラストが男性好みな趣向で、多くの女性客に反感を買って宣伝どころか炎上してしまった。

勿論、そういうタイプのイラストが好きな女性もいるし、個人の嗜好は尊重されるべきだ。
それはそれとして、アツギはメインの使用者層の求める『画』を無視したプロモーションを決行したために、マーケティング戦略として失敗した。これと同じ状態になってしまうだろう。

もう一つ、先程の女児は仮面ライダーの恐怖を乗り越える程のキラメイブルー推しだった。
つまり女児は現行のまま、ありのままにスーパー戦隊を楽しんでいる。変身美少女ヒロインより、変身イケメンヒーローを応援する女児がいてもいい。
それもまた大事なジェンダー観ではないだろうか。

男児主体と女児主体、どちらのケースでも突き詰めると『既に年間の売り上げが莫大になっているニチアサ特撮で、そこまでの冒険をする価値があるか?』というところに行き付く。
売れるものを作る。売れるから作れる。子供に夢を与える番組は、けれど番組である以上は商売なのだ。

ただし、主役以外の四人が女性以前に全員ロボットという『機界戦隊ゼンカイジャー』も生み出されている。
固定観念に縛られ利益に固執し過ぎるのはよくないし、可能性は無限大だと掲げ挑戦する精神も、番組を続けていく上で同じぐらいに大事だ。

子供達が喜ぶこと。時代を取り込んで新しさを追求していくこと。
どちらかをないがしろにしていいわけではないけれど、これらはそれぞれ別問題であるため並列化も簡単ではなく、本来は安易に一本化して語るべきものではない。


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