どうも、ゲタライド(@ridertwsibu)です。

今回は『仮面ライダーは子供向けか大人向けか』についての考察後半です。前編はこちら。

記事としてあまりに長くなったので分けただけで、個人的には間を開けず連続して書いており、更新も前後編同時なのですけどね。
結果「まった長い記事を書いてるなあ私」といつも通りな感覚です。
そんなわけで今回は前置きはサクッと終わらせて後半戦を始めましょう。

子供向けと思う人程アマゾンズを無視する理由と言い訳

現在(2020年に至る)までの流れを明確化するため、もう少しドライブ期に打った戦略を振り返ろう。
仮面ライダーブランド化、集合系映画と連なる重要な戦略があった。

それがネット配信による定額見放題配信である。
これまで仮面ライダー作品の過去作を振り返ろうと思うと、基本はDVD等の円盤を買うかレンタルビデオ店が基本になっていた。
4クール番組のボックスがお高いのは言うまでもない。レンタルですら一作品十本以上となればそれなりのコストになる。しかも足げに通わなければならない。これは結構手間になる。

定額制で好きなだけ観れてレンタル店よりも安い。しかも一々店に行かなくてもいい視聴環境は画期的だった。
めっちゃ手軽かつお安く! 大量の過去作が! 好き放題視聴できる!

これが集合系映画のレジェンド出演と融合すれば高い効果を生む。
この波に乗り、集合系映画も新たな段階を迎えることになった。

それが仮面ライダーと動画配信サイトの連携である。
ドライブの劇場版『仮面ライダー3号』の直系続編として、dTVにて『仮面ライダー4号』が限定配信された。
劇場では入場者特典として4号の第一話を無料配布もしている。

3号はいつもの集合系映画の体裁で浅く広く受け止める形式だったが、4号は逆にメインとなるキャラクターをかなり絞った。
結果、いい意味でクロスオーバーとしての設定を生かし合いつつ、レジェンド出演をメインキャラクターとして引き上げることに成功。高い評価を得たのだ。
詳細な内容は伏せるが、4号はファンをして『仮面ライダー555の完結編』と言わしめる名作である。

しかも当時のdTVでは当然555も同時配信しているのだ。
元々のファンは再視聴できるし、新規ファンは自ら555沼に飛び込むようなもの。水落ちはライダーのお約束。

時代がゴーストに移り替わると、東映自身が動画配信アプリ『東映特撮ファンクラブ(TTFC)』を開始。
TV放映された歴代の東映特撮のほとんどを観れる環境が登場した。
これは仮面ライダーも例題ではない。

他の動画配信では新規数作分は配信されず、他も視聴期間が決まっており、それを過ぎると一気に視聴可能作品が減る欠点があった。
TTFCはそこをカバーしており、仮面ライダーは最新作の最新話まで制限なく視聴可能を最大の武器とした。

遂に十数年以上続いた、テレビで最新話を追いかけるしかない時代が終わったのだ。

大人になると、様々な事情から毎週日曜朝からテレビに齧りつくことが難しくなる人は増える。加えて、途中で参入した人もリアルタイム視聴に追いつけるようになった。

TTFC自体も様々な限定動画を配信している。
仮面ライダー王蛇こと浅倉威が登場した『ビーストライダースクワッド』もその一つ。

純然たる暴力で荒れ狂う。これぞ浅倉威だ! と言わんばかりの暴虐性。現在というか、多分龍騎放映時でもこれはコンプライアンス的に完全アウトだよ。子供泣かない? 大丈夫?

とはいえ開始当初のTTFCは、PCだと観れず、劇場版は見放題に含まれない等の欠点もあった。
(現在はどちらも解消されているハイパームテキサービスと化している)
また、他の動画配信サービスと比較すると割高になる。

もちろんTTFCは親が子供に見せるため契約するケースもある。子供・大人両面に向けたサービスであるのは間違いない。
それでも東映特撮に限定して一定のコストを払い続けるスタイルに、最も価値を見出すのは大人ではないかと私は思う。
要するにTTFC最大の武器は、2020年現在でも未だに定額で歴代本編作品の履修が唯一完璧にこなせるサービスであることだ。

そういう理由から、月額コストや(かつては)劇場版及びVシネマ作品を楽しめる切り分けとして、他の動画サービスにも大きな独自性はあった。
また、実際に様々な配信サイトで限定配信は実施された。

4号と同じく変則型の集合系作品『仮面戦隊ゴライダー』では、まだ当時記憶に新しい鎧武メンバーの他、まさかのアナザーアギトが登場。
出てくれると思ってなかったどころか、そもそも東映がこの渋くイカしたチョイスをしたこと自体が話題になった。
そして仮面ライダー剣の剣崎一真も登場で、ライダーの多様さを上手く活かして、押さえるべき王道もしっかり押さえている。

このセレクション力が発揮されるようになった背後には、やはり大人向けの側面が強化があると私は思う。
ぶっちゃけアナザーアギトがメインで絡んで喜ぶの、完全に大人だからね!
子供はむしろ、ゴライダーの戦隊的で派手な活躍を喜ぶのではなかろうか。

ファイズですら、リアルタイムな子供の視点だと、集合して格好良くドンパチしてる中の一人でしかないだろう(それはそれで大事なことだけど)。
このセレクションは既存ファンの『思い入れ』と、新規ファンの誘導によるブランド強化が主な目的とみるのが自然な流れだろう。

つまり動画配信の戦場では子供向けよりも、大人が喜ぶ要素が目に見えて増している。
子供の主戦場はリアルタイム進行していくテレビと、直接繋がる劇場版。
大人ファンはネット配信による過去作と、それに直結しやすい限定配信の新作と分岐がなされている。

その最たる例が、平成ライダーには含まれず、されど平成ライダーと同格の知名度と人気を誇るネット配信最大の異色作『仮面ライダーアマゾンズ』だ。
アマゾンズはもはや異例過ぎて、大人向け論議に出すこと自体に大きなリスクが発生する程になってしまった。とんでもない劇薬だ。

大人向け作品としてアマゾンズを出すと『アマゾンズだけで仮面ライダーを大人向けだと語るな』と返される。これは一定の事実であると私も思う。
だが、アマゾンズを無視して仮面ライダーは子供のための作品だと言い切るのは単なる現実逃避であり、都合のいい言い訳にもなる。

大事なのは『アマゾンズが大人向け作品である』ことではなく『何故大人向け作品としてアマゾンズが作られたのか』という視点で見ることだ。

アマゾンズのシーズン1放映時期は2016年。仮面ライダーゴーストの時代。
これはモロに特撮冬の時代に被る。つまりアマゾンズは大人向けブランディングを強く意識して計画的に生まれたコンテンツだ。

これまでの大人向けコンテンツは過去作の再利用が戦略の基礎にあった。対してアマゾンズは完全新作のオリジナル作品だ。
一気に毛色が変わるが、しかし往年の平成ライダーファン達はアマゾンズにむしろ懐かしさすら感じていた。

平成ライダーはWに入って以降、『世界を守るヒーローとしての仮面ライダー像』を丁寧に再定義し始めた。
これは平成ライダー初期組が嬉々として破壊してきた『正しさ』でもある。

一見すると勧善懲悪に見える一作目のクウガは、『正しさのためなら暴力は肯定されるのか?』を強く問うていた。
アギトは人間がヒーロー変身することは人間が受けられない『異形化』であると強く示している。
龍騎における仮面ライダーはヒーローですらない。戦いを善悪ではなく『願い』とした。
ファイズでは遂にヒーローと怪人の差すら曖昧化されていく。

平成初期の仮面ライダーは世の正しさ、ヒーロー像に対する破壊魔だった。
シナリオや演出も、現在ほどコンプライアンスに縛られていなかった。

日曜朝から特撮ヒーローが狂気に走っている。
これがかつての我々が知る仮面ライダーだった……今思えば何の冗談かと思うけど、当時から同じこと思っていたので仕方ない。

この狂気を牙とするなら、平成が進むにつれ仮面ライダーから牙が抜け落ちていった。
一方的に牙が抜けたことが悪いと言いたいわけではない。ただ、『あの頃の仮面ライダー』に思いを馳せる自分がいるのも事実なのだ。

そうした想いを埋める作品こそがアマゾンズだった。
東映が優しく肩を叩き、「わかってる。お前らはこれが好きだったんだろう?」とあの頃の味を、現代風のアレンジを加えて出してくれた。
その嬉しさを『あの頃を思い出す味』を『大人向け』だと私達は呼んだ。

直接的な振り返りではなく、あの頃を新しく味わうコンテンツがアマゾンズである。
そしてあの頃の味を知った新規ファンが、もっとだ……もっと寄越せ! と過去作を掘り返すのを、私達は微笑ましく見守る。

そういうことができてしまう圧倒的自由度。動画配信が割と本気で大人の楽園みたいになってきた。

テレビ放映以外の商業展開は大人向けが多い流れと理由

仮面ライダーのブランド化戦略は映像化作品以外にもかなり当てはまる。
むしろテレビ外は、意図的に大人向け作品を増やしている節すらあるのだ。

最初に大きく展開したのは小説版シリーズだったろう。
小説版自体はファイズの頃からちょくちょく出ていたが、クウガ〜オーズまでを順不同だが一気にシリーズ化して発売した。
しかもこのシリーズは現在も続いている。

『講談社キャラクター文庫』という名前と表紙がライダーの顔ドーン! なせいで一見すると子供向けにも見える。
けれど中身は普通に文庫本サイズの小説で、文字も小さくルビもない。漏れなく大人に向けたスタイルだ。

『てれびくん』や大全集、その他児童向け書籍はどれも文字が大きめでルビもしっかり振ってある。内容も文章よりヴィジュアル重視だ。
コアユーザーの子供は、コロコロコミック等の少年漫画にも届ていないケースも多く、まだ絵本が主流の年齢層も普通にいる。
考えてみれば、文字が主体の小説は初めから子供には全く向いてない媒体なのである。

中身もやっぱり子供には向いていないものが大多数だ。
例えば、仮面ライダーでは恋愛ネタがかなり少ない。話に恋愛を絡めると話が生々しくなり過ぎることが要因である。

設定や話の展開上、恋愛ネタが避けて通れなかったドライブでも、恋愛描写はかなりライトタッチで気を遣っていた。それが小説版になると大きく変わる。
フォーゼ以降の作品は本編終了後に発売されており、内容も後日談が多いのだが、その中で恋愛話が全然絡んでない作品の方が珍しい。

他にも、どう見ても子供の教育には悪い作品が普通に混ざっている。
特に井上敏樹氏が執筆に深く絡む作品は高確率でエロ! グロ! バイオレンス! のど真ん中を突っ走っている。
程度で言えば『アマゾンズシーズン2に濡れ場を足したようなもの』と言えば過不足なく伝わると思う。

そして近年増加傾向にあるコミカライズ化にも、この法則は当てはまる。
昔からあった児童書向け漫画ではなく、もっと対象の広い一般的な雑誌での連載がメインだ。

また先程本編終了後に刊行する作品は続編形式が多いと書いたが、逆に古い作品だと物語を再構成したタイプも多くなる。
もしくはクウガと電王の小説版は、元の舞台をベースにしつつも、一本の作品としてそのまま楽しめる構成になっていた。

コミカライズ版の仮面ライダークウガと仮面ライダー913も、世界観を現代に移して物語を新たに作り直した再構成版にあたる。
再構成をする大きなメリットは新規ファンの獲得に影響しやすいこと。ガッツリとした続編だと新規ファンは手を付けにくい。

十年以上前の作品だと、今回新たに知りました! って人は自然と増える。
そういう人が読んで、現行のTV放映や原点に触れるよう持っていけるのがベストだろう。

またそれなりに新規の作品だと、後日談や続編にした方が既存ファンが買う可能性が高まる。ドライブ以降安定して発売されているVシネマシリーズと同じだ。

ただし再構成だと作品イメージが変わってしまうリスクが生じる。
漫画版クウガは巻数二桁を超える人気作品ではあるが、同時に古いファンからは『こんなのクウガじゃない!』と嫌悪される対象にもなった。

こうした既存ファンと新規客の獲得を両面的に上手く組み立てた作品が『風都探偵』だ。

風都探偵は仮面ライダーWのコミカライズ版である。連載開始時期は本編の約9年後と結構間が空いているが、内容は再構築ではなく正統続編だ。

当時のコアユーザーにあたる子供達は中学生以上になっており、十分に漫画を楽しめる年代になっている。
かつて仮面ライダークウガは、仮面ライダーを楽しんだ子供達が親になる時期を狙い撃ちした。
時を跨ぐ戦略は昔から得手としていることからも、これはある程度意図してやったことではないかとも考えられる。

そして、再構成と近い効果を得られる戦略がタイトルである。
最初にタイトルを見た時、多くのファンは「え?」となっただろう。私はなった。もしかして変身しないの? とか焦った。
一巻の表紙となったメインビジュアルからも仮面ライダーの名を綺麗サッパリ消し去ったのだ。

『仮面ライダー』というタイトルは大きすぎる故、先入観を作り、興味の薄い層が相手だと時に足枷となる。
『W』ファンは風都探偵という文字だけで十分反応することを見越して、昔やっていたテレビ番組という意識を薄めるための戦略だ。

風都という町で起こる探偵ドラマの中に仮面ライダーが出てくる。
そういう形式から始めることによって、連載誌のスピリッツ読者には、仮面ライダーが本来持っているドラマ性の高さをアピールした。

もちろん、テレビ外のメディアでも子供主体の展開はちゃんとある。
有名どころだと平成初期から延々と続く、てれびくんの応募者全員サービス『ハイパーバトルDVD』(昔はビデオだったけどね)がその一つだ。
こちらは基本キャラや設定の崩壊も辞さぬ、子供が楽しめる大仰なギャグ演出メインで物語は進行していく。

これらによって、仮面ライダーはきちんと媒体からターゲット層を選定していることがわかるだろう。

テレビCMが子供向けだからは理由にならない

大人視聴者層が多く流入したブランド化によって、仮面ライダーシリーズの商品展開にも変化が起きている。
ディケイドによる仮面ライダーのカタログ化は同時にコレクション性を引き上げた

ディケイドのカードに合わせて生まれたガンバライドと連携された。当時からレア物だと一枚数千円のプレミアが付いている。
人気の高さからW以降もシリーズ化され、ガンバライジングに切り替わっても人気は安定しており現在も好評稼働中。単純にゲーム性だけでなくレアカード目的やデザイン性に魅せられ遊ぶ人もいるぐらいだ。

仮面ライダーWでは二つのメモリーを組み合わせることで、各フォームを切り替えるシステムを採用した。半分こ怪人!

次年のオーズでは組み合わせを三枚に増やしてコンボシステムを導入した。
純正フォームと亜種を切り分けたことでフォームチェンジに対するコレクション性が更に向上している。

フォーゼではフォームチェンジが40個(+α)のモジュールスイッチになった。多いよ!
子供の頃ポケモンの名前全部言えたけど、フォーゼ放送当時にスイッチの名前は覚えきれなかった。

変身ベルトだけでなく、付属アイテムの価値を高めていく。多々買わなければ生き残れない時代の突入である!
私は個人的に特撮版AKB商法と呼んでいた。

スタンダードなフォームチェンジに戻したウィザードですら、モジュールを指輪へと置き換えてコレクション性を保持している。
親は子供にせがまれ毎年、ボトルとかスイッチとか色々買う羽目になった。

とはいえここまで数が多いと親だって毎年全部買い揃えるのは無理がある。というかマイナー過ぎて親どころか子供もいまいち認識しきれないアイテムも増えた。
活躍の少ない(というかほぼない)アイテムだと、当然子供の興味も薄くなるだろう。普通に考えて目移りするのは強化アイテムの方だ。

クリスマスプレゼントに合わせて強化アイテムを出す。いわゆるクリスマス商戦などが子供をメインに向けた商品展開だ。
そうやって一年間でスケジュール組んで、いくつも強化アイテムが出るのに、そもそも48本もボトル出して番組中で使いきれるわけがない。

コレクション性重視のコンプリートに精を出すのは、ネットからの情報収集力を持ち、ある程度まとまったお金を自由に使える大人側である。
逆に言えば、大人に視野を向ければ本編中で扱われないアイテムでも、ある程度の売上は確保できた。
良いか悪いかは別にして、商品とは売れるから作る。作る限りは売る。販売経路の導線を予め用意するのが前提だ。

マイナーアイテムは関連商品の特典として扱われることも多い。
例えば風都探偵では限定版にファングジョーカーライドウォッチを付けた。
ウォッチ目当てからマンガの購入に結び付ける手法である。

商品よっては、どう考えても子供の情報収集経路にない場合もある。これもやはり大人の財力狙いなのは明らかだ。
そうした子供に向けてない商品販売経路の代表例はプレミアムバンダイである。

対象年齢が高く、受注生産の商品を多く取り扱う。その分お値段も全体的に高めだ。
CS変身ベルトシリーズがその代表格だろう。

もう明確に『大人のための変身ベルト』をキャッチコピーにしている。
そりゃあ何万円もする上にかなり旧作のライダーベルトを好んで買うのは大人だけだ。

それでも購入者は多く、商品によっては二次発注や三次発注も出てくる。
CSM以外にもマイナー寄りなアイテムだと、受注生産になるケースも増えてきた。

近年だとネオディケイドライバーやザイアスラッシュライザーなどがそれにあたる。
AIMS変身セットで開かないキーを本当に出してきたのはもう笑うしかない。
真のバルカンはゴリラにしかなれないのだ!(正しいロック解除とは……)

フィギュア関連でも、SHODOやRKFシリーズ、S.H.Figuartsなど、クオリティやサイズ、値段毎に分けられた多種多様なシリーズが存在する。

RAHシリーズはもうフィギュア版CSMみたいなもので、大人でも安易に手が出せる代物ではない。
ネットじゃよく話題になるFiguartsは大部分が一万円以下に収まり、サイズ的にもディスプレイしやすい。

対象年齢は中学生以上となっており、リアリティと可動性の両面をバランス取りながら追求している。
そのため子供向けだと部分的にオミットされたり先端丸められたりする尖ったパーツなども、そのまま再現される。

当然ながら値段は下がっていく毎に子供向け度合いは上がっていく
とはいえ昨今は低価格でも可能な限りの高品質を目指していため、中々に侮れない。
RKFは可動性も結構高く、DX系の玩具と連動することもある。

スーパーのお菓子売り場にありながら、ネットでもやたらと存在感を放つのがSHODOシリーズだ。
食玩とは思えないハイクオリティを魅力に多くのファンを得た。コストパフォーマンスと入手難易度から、FiguartsよりSHODOを選ぶ人も多い。

また、SHODOシリーズはかなりマニアックなキャラクターも積極的に商品化している。
純粋なコレクション性だけを見て取れば、SHODOはFiguartsなど大人向けシリーズを上回るだろう。

マイナー過ぎるものや過去商品のグレードアップ版などはプレミアムバンダイで受注生産することもある。
そういう意味で、子供向けとオタク受けをバランスよく取れたシリーズだ。

稀に同じキャラクターでもFiguartsを上回るプレミアム価格になっているケースもある。
今もスーパーで売っている食玩シリーズが二万越えになっており、子供がそれをねだったとして「仕方ないわねえ」と買い与える親はちょっと想像できない。

とまあ、ソフビなど純粋な子供向け商品もあるが、一定のクオリティとコレクション性が成立すれば子供向けと大人向けは両立できる。
(ソフビを好んで集める大人もいるけど今は純粋な割合の問題)
玩具でこうした年齢層の切り分けが成立するのは、子供向けと大人向けを考える上で実はかなり重要な要素である。

ここで、現在でも強く支持されているTwitterの発言を引用させていただく。

先に予防線を張っておくけれど、ガイガン山崎氏が特撮やヒーロー好きで純粋に楽しんでいる方なのはよくわかる。
別にこの方個人に対して敵意を向けたいわけではない。
問題はこの理論をそのまま仮面ライダーに当てはめる人と、その賛同者が多いことだ。
(引用ツイートの元になった騒動がそもそも仮面ライダーである)

この理論は昭和ライダーなら文句なく成立した。
だが今や、テレビは放送媒体として絶対ではない。

テレビCMの宣伝で対象者が全て決まるというなら、TTFCに契約して視聴している者達は東映にとって全員視聴者ではない論が成立する。CM流れないからね。
TTFCは今も順調に新旧問わず作品配信を増やし、限定配信やオリジナル作品の制作を繰り返す。交流スタンプとかもジャンジャン増やすぜ! 限定グッズも売るよー! と、めっちゃ元気だ。
きちんと会員数を確保できていて利益を出してないとこれらは成立しない。

また、ネット上では受注生産のCSMベルトやFiguartsの宣伝広告はよく見る。
ネット広告の最大手Googleは、ユーザーやサイトにマッチングする内容を選別して広告を表示する仕様だ。

仮面ライダーをメインに扱う当サイトでは、ユーザーも当然ライダー好きが大多数だろう。
広告が配信されている期間内なら、結構な確率でライダー商品の宣伝が出る。
(自サイトの広告クリックは規約違反なので、ライダー関連のネタが出る度何度我慢をしたことか……)

昨今ではネット広告の広告費がTVCMを上回った。
これが仮面ライダーシリーズ作品にそのまま当てはまるわけではないが、それだけネット広告は無視できないものとなった。

前にこの手の話をTwitterですると、「テレビのCMでCSMや大人向け商品の宣伝してないでしょ? つまり子供向けだよ」という反論がきた。
そりゃあそうだろう。広告は無限に打てるものではない。特にTVはCMを流すタイミングと本数には制限がある。

子供に商品を宣伝する場合、子供の行動範囲自体が狭いため、広告を打てる場所も自ずと限られてくる。
メインはTVのCMか、後はデパートなどの玩具売り場が主体だろう。

これが大人だと行動範囲は一気に広くなる。
玩具一つ買うにしても、子供の範囲以外にもAmazonなどのネットショップやメルカリやヤフオク、秋葉原方面にあるホビーショップなどまず絞り切れない。
だが、それらの中心には情報収集の媒体としてインターネットがある

ただし、キャラデコ系のケーキやヒーローからお手紙が届くよ系のタイプはネットでも流れていた。
これはネット広告は親も見るので、親視点での子供向け広告といえる。

また前項で解説したように、大人だとTVによる作品視聴の割合が子供よりも落ちるだろう。

TVのCMは子供向けを流して、ネットで大人向けの広告をメインにする。
広告とは効果的な場所に効果的に打つことが基本だ。

作品から玩具購入への導線が全てを繋げる

ここで仮面ライダーブランド化の流れを一旦整理しよう。

まずディケイドの平成ライダーカタログ化から、新規ファンが旧作品が再注目する流れを作った。
それを後の集合系映画によって強化していく。

平成ライダーシリーズの歴史はかなり長く、ここまで長寿化するとシリーズの途中で視聴を全作追いかけるのは金銭や時間的にも厳しい。
そこでTTFCやAmazonプライムなどのネット配信により、定額でかなり安く視聴できる環境を整えた。

また、動画配信への流入を促すため、各サービス限定の作品も多数配信された。
こうして新旧問わず大人のライダーファン達を取り込み、コレクション性重視やクオリティの高い商品を積極的に売り込む体制を作った。

事実として、限定配信で登場するレジェンドライダーはアナザーアギトやファイズなど、かなり初期の方に出てくるキャラクターもいた。(一部は連動する形で映画にも出演していた)

また、ネットではプレミアムバンダイを中心にして、大人向けの変身ベルトやフィギュアなど多数のアイテムを扱っている。

そしてこれらの過去作を扱ったブランディングと、ネットを使った大人向けの商品への広告は明確に繋がっている。

分かりやすい流れとして実体験のお話をしよう。
私の友人は、エグゼイドの途中から平成ライダー沼に浸かり始めた。
更にdTVへと加入したことをきっかけに、過去作もあさり始める。
ライダーに詳しいと分かっている私はオススメ作品を聞かれるわけだが、そこで平成ジェネレーションズFINALが発表された。

レジェンド枠として火野映司とアンクが登場するとなれば、それはオーズを勧める。当然の如く勧める。

そうして後日、我が友人の家へ遊びに行くと、そこには37,800円のCSMオーズドライバーが鎮座していた。君、見放題で安いからライダー見始めたと言ってなかったっけ?

このCSMオーズドライバーは、劇場版公開から二日後に受注予約を開始している。
これはもう本当にわっかりやすく大人視聴層の取り込む流れだ。
ネット広告は、映像作品から購入への繋ぎ役として効果を発揮するだろう。

なお、仮面ライダー4号配信時も、翌年にファイズギアがCSM化していた。
CSMは商品の特性上、古いファンに向けたアイテムと思われがちだが、新規ファンが購入する導線もしっかり作られている。

映像作品から商品への導線はFiguartsも例外ではない。
仮面ライダーブレン、カチドキ斬月、グリスパーフェクトキングダムは、それぞれ作品のタイミングに合わせて予約を開始した。

商品に至るまでの一連の流れを整理すると、大人向けブランディングがどれだけ戦略的に練られているのかがわかる。
子供向け玩具と比べてちょっとした例外やオマケにするには、扱いが大きすぎるように私は思う。

ジオウが行き着いたゴールとこれから

大人向けブランディングによって、一時は平成二期最低値に落ちた売上は以後V字回復を見せた。
仮面ライダーのブランド化戦略は2014~2017年を耐えることが目的だった。
ゴースト以降は耐えるどころではない回復っぷりを見せていた時点で、この戦略は十分功を奏す結果だったと言えよう。

そして2017年、ビルドで耐える期間は終わった。
平成ライダー最後にして二十作目となる節目、仮面ライダージオウがやってくる。

この耐える時とは前編で解説した通り、特撮に愛着がない親の時期を指していた。
丁度、ジオウで特撮冬の時代が終わる。それが意味することは『親子二世代ファン』の復活。

だが、それだけではない。元々冬の時代とは仮面ライダーがJで途切れた時期である。
この時切れた期間の先にあるライダーとは――仮面ライダークウガだ。

クウガをリアルタイムで視聴していた時代の子供が親となる。
同じ仮面ライダーでも昭和と平成では作品性は大きく異なってしまう。
この差異が一気に縮まる。平成ライダーの魅力を直接知る親が、子供と共に令和ライダーを楽しむ。
かつて以上に、明確かつ強力な親子二世代ファンが成立したのだ。

しかも、今後はライダーが存続する限り親子二世代ファンが崩れることがない。完全な輪が形成されている。
これは現代様式の日本特撮シリーズの中でも仮面ライダーだけ。唯一無二の偉業を成し遂げた。

途切れず続いているという意味ではスーパー戦隊シリーズも同様だろう。
だがこちらは基本的なスタイルは変わらず紋切型のヒーロー性を維持しており、国内での売上はライダーに大きな差を付けられている。
(とはいえ海外での売上を含めるといい勝負をしており、そもそも紋切型を維持してここまで途切れてないのは別ベクトルで偉業だ)

ここまで成長した仮面ライダーブランドも、今後も変わらず大きな財産となる。
ディケイドでは各ライダーの世界を再構成してカタログ化していた。
しかしジオウでは再構成ではなく、オリジナルの世界観を歴史として繋げた。
この事実は、そうできるだけのブランド力を見つけたとも言えるだろう。

ジオウからスピンオフとして、仮面ライダー龍騎の実質新作を出せたのも、ブランド化がなされたこそ。
しかも、龍騎は大人向けの内容として、同時に子供向けのノリに寄せた仮面ライダーシノビも配信して、見事にバランスを取っている。

劇場版の『FOREVER』と『Over Quartzer』も、集合系の低評価になりやすい問題を真正面から覆してみせた。

ジオウの放送中には、新たな試みとして仮面ライダーの舞台化もされた。なお、評価もかなり好評。
舞台化といえば超有名なテニスの王子様を始め、弱虫ペダルや刀剣乱舞など、所謂2.5次元の女性向けジャンルなコンテンツである。
まあ特撮だと普通に3次元だし、ライダーなら男性ファンも見に行くけれど、主体が女性向けの媒体にまで進出したこと自体がすごい。

プレミアムバンダイでも、仮面ライダーはアクセサリー類や化粧品など女性向けアイテムも少なからず発売している。
舞台化もやはり、勝算がない状態で実行できるようなことではないはずだ。
仮面ライダーは今や、大人子供に男女も問わない、正しく国民的ヒーローとして完成した!

ここまで大人を中心にしたマーケティング戦略を解説してきたが、それでも子供向けがその中心の軸として一本太く通っている。
この大前提は最初から現在まで一度もブレていないし、またブレさせてはならない。
平成仮面ライダーは『子供を対象にしつつも子供だましをしない』意図を持って生まれたからこそ名作になった。

その上で、「結局大人はついでみたいなもので子供のための作品なんだよ」と取るか、「ここまで綿密に戦略を立てて、歳月を使い客層を広げてきたから今がある」と考えるかは個々の感覚だろう。

だとしても『大人も楽しんでいい作品』とは、あまり思ってほしくない。
『大人も』と言ってしまった時点で、無意識に「だから大人向けとか思ってる奴は駄目なんだ」とか「アマゾンズが大人向けと言う人は云々」と同じ意味になり、直接口に出してしまう人も現れる。
かつて火野映司が言った「正義のためなら人はどこまでも残酷になれるんだ」と全く同じこと。けど本人達にその自覚はないだろう。

そもそも仮面ライダー、もっと広く言えば特撮ヒーローを楽しむことに、誰のためのものなんて考えは本来持つべきじゃない。
私が心から同意して、同時にそうあってほしいと願う理想がこれだ。

特撮は子供のもの、自分の幼稚性を認めなければならない。その考え方が大人である。そういう思想自体が『ヒーローを楽しむ資格を持つ』ことと変わらない。

ライダーの歴史を時の列車とするなら、
どの駅で乗ってもいい。
どの駅で降りてもいい。
誰が乗ってもいい。
誰が下りてもいい。

そこに資格やパスは必要ない。
そういう『駅』を時間をかけ増やしてくれた。

大人も子供も関係なく楽しめる作品』こそが、平成を全力で駆け抜けた仮面ライダーが目指してきた到達点。
その流れが、歴史が、平成FOREVERのエンディングで仮面ライダーと共に成長していく、アタルとシンゴの二人。

私達もそうなれるよう、仮面ライダーを制作しくれた人達が尽力してくれたのではないか。

平成FOREVERを観て、『仮面ライダーを愛してくれたあなたへ』という言葉に、私は『ありがとう仮面ライダー』と思った。
そして同じことを思った人はたくさんいると、私は確信している。

今回の記事を書いた最大の理由は、『子供も大人も関係ない。好きに楽しんでいいんだ!』という言葉を理論的に証明したかったからだ。

大人とか関係ないの? やっぱり子供向け? 頭の中で様々な情報がいくつもごちゃついているから迷う。
じゃあ一度丁寧に整理すればいいじゃないか。

子供向けだと思わないといけないとか、大人だからどうとか、これからは変に考えなくていい。
貴方の前に、その理屈はもうない。

そして『だから駄目』が『ありがとう』に一つでも多く変わってほしい。

もっと純粋に、ヒーローを楽しむ。仮面ライダーを愛せる。
ずっとそばにてくれてありがとうと言える。

ネット上やそれ以外でも、そういう世界が広まってほしいと心から願う。