仮面ライダー50周年! その波に乗った新作、リバイスが始まりました。
ヒーロー続けて半世紀。時代はコロナ禍が最も過酷な状態で猛威を振るっております。

当初はリバイスが始まる頃にはコロナ禍の収束を想定していたそうですが、現状は真逆。終わりと呼べる状況はまだまだ見えてきません。

つまり仮面ライダーリバイスは祝うべき50周年と、人類が未曾有の事態に陥った最中に始まりました。
最高裁善ではなく、最低最悪でもなく、最高最悪な時代を突っ走ることになったのです。

これはとても重要なことでしょう。
というのも、仮面ライダーという作品は常に社会の有り様を作風に取り込んできました。

途中で想定外の厄災に襲われたゼロワン。
厄災の中、全力で対策に打ち込んだセイバー。

ではリバイスは?
色んな意味で特別な状況で、どのような作品を描こうとしているのか。

今回は、それを第一~ニ話という最も重要な走り出しから読み解いていこうと思います。

※ ヒーロー戦記時点で語った記事はこちら。

プロデューサーと脚本家から読み解く作品性

リバイスのプロデューサーは望月卓氏だ。
歴代のプロデュース作品は、仮面ライダー鎧武とドライブ、そしてネット配信の仮面ライダー4号がある。
私の中では、どれも中盤以降の盛り上がりに定評がある作品が揃っていて、とても頼もしい。

スーパー戦隊側でも何作もの作品をプロデュースしているが、最も注目すべきは直近でかなりの高評価を得ている魔進戦隊キラメイジャーだろう。
いわば新時代の戦隊で人気の高いプロデューサーが、今度は令和ライダーに参戦したと言っていい。

個人的には『非公認戦隊アキバレンジャー シーズン痛』の担当だったのも注目したいポイントだ。
アキバレンジャーはスーパー戦隊シリーズのメタフィクション戦隊である。
歴代スーパー戦隊のノリや要素を上手く拾っていけるかが、そのまま作品のクオリティに直結していく。

これは仮面ライダー4号も同様。各ライダーの設定や物語性を上手く汲み取り、見事に一本の作品として完成させていた。
それぞれにベクトルはやや異なるが、ある種の二次創作要素が感じ取れる作品だった。

リバイスは仮面ライダー50周年として随所に過去作のネタが仕込まれている。
ディケイドやジオウのような直球ではないが、その分リバイスの物語性に悪影響を与えず記念作の要素を盛り込んでいくかが腕の見せ所だろう。

そして脚本は木下半太氏。
全然聞き覚えがないなーと思っていたらそれもそのはず、メインは作家であり、これまで特撮やアニメ関係の仕事には携わっていない方だ。
映画監督や俳優、漫画原作の経験もあるが、脚本は本作が初めてのようである。

どうも望月Pがファンだったようで、選ばれた木下氏は「俺でいいんかな?」と驚いたという。
オファー来た方もそりゃ予想外だよね。

子供やファンに媚びないぞって姿勢は個人的にかなり好感が持てる。
無論、誰かがそこを意識しなければ番組は成立しないが、長期シリーズで新しいものを作るため、既存の流れに縛られない意識】は非常に重要であると思う。
むしろ小さいお友達や従来ファンへの意識は望月Pや監督達が確実に持っているので、バランスはちゃんと取れるはずだ。

また、どしても昨今は特に「仮面ライダーは子供のものだ」という声が強くなっている。
これについては間違っていないが正しくもないというのが個人的な見解だ。

かつてスーパー戦隊や、平成ライダー前期で多くの脚本を手掛けた井上敏樹氏も子供を意識したことはないとハッキリ断言している。
これが仮面ライダーにあるべき姿勢だと言いたいわけではないのだが、シリーズ特有の『既存イメージに囚われない自由さ』みたいな感じが、仮面ライダー50周年で感じられるのはすごく嬉しい。
実際、木下氏はこの後もリバイス関連のツイートをガンガン行っていて、本当に作品を全力で楽しんでいるのが見て取れる。

調べたところ、木下氏が得意とするジャンルはミステリやピカレスク小説だ。
第一話からテンションアッパーな悪党達は木下氏の得意とするところであり、濃いめのキャラが人気のニチアサとも合致している。

また二転三転する展開が得意で、リバイスでも既に色々と仕込んできているようだ。
時にどちらが正義か悪かわからなくなる仮面ライダーの原点的な作品性の魅力を汲み取ってくれたと望月Pは語っている。

本編を観ていても、一見すると平成二期以降に近い空気感を出しつつ、裏では平成初期のようなハードでダークな展開がくるのではないかと予感させてきた。
率直にいって望月Pと木下氏のコンビは、個人的に心が沸いてくる!

【次ページ:悪魔と相乗りする相棒ライダーはありきたり?】