※本記事では、近年のプリキュアシリーズに登場する悪役の結末に触れています。
プリキュアの悪役は、近年「改心して仲間になる」「最後には主人公たちと分かり合う」といった結末が増えたように見えます。
もちろん、すべての悪役が許されているわけではありません。最後まで考えを変えずに倒された敵もいれば、改心したあとに罪の責任を負った人物もいます。
それでも、プリキュアにはならない一般の敵幹部まで救われる展開が何作も続けば、長年シリーズを見てきた人が「また改心するのか」と感じるのも無理はありません。
一方で、改心までの過程を振り返ると、主人公との交流や、敵組織を離れたあとの葛藤が丁寧に描かれている例もあります。
つまり、今回考えたいのは、改心の描写が雑か丁寧かという一つの問題だけではありません。
悪役の心が変わることと、その悪役が行ったことへの責任は、同じ物差しでは測れない。
ここに、プリキュアの悪役をめぐる評価が分かれる理由があります。
近年、この問題がXであらためて話題になりました。そこでは、悪役が救われる結末に疑問を持つ声がある一方、「改心までの流れはきちんと描かれていた」という意見も見られます。
わたしも、一人ひとりの物語だけを見れば納得できる例は多いと感じます。
ただ、複数の作品を続けて並べると、違う事情を持つ悪役たちが、最終的には同じ「救済」という場所へ着地しているようにも見えます。
では、プリキュアの悪役は本当に改心しすぎなのでしょうか。
この記事では、追加戦士になることを前提とした敵側のヒロインではなく、アイワーンやバッタモンダーをはじめとする一般の敵幹部を中心に取り上げます。
改心までに何が描かれていたのか。過去の悪事に対する責任はどう扱われたのか。改心せずに倒された悪役とは何が違うのか。
そのうえで、プリキュアが単純な勧善懲悪で終わらない理由と、子どもを主な視聴者とする作品だからこそ救済が選ばれやすい可能性を、順番に考えていきます。
近年のプリキュアは悪役が改心しすぎなのか
近年のプリキュアを振り返ると、敵との決着は「倒して終わり」よりも複雑になっています。
主人公との対話を通じて考えを変える者。敵組織を離れ、別の生活を始める者。最後の戦いでプリキュアに協力する者。処罰を受けながら、更生の可能性を残された者。
結末だけを見れば、いずれも広い意味では「救われた悪役」と呼べます。
しかし、その人物が自分の意思で悪事を行っていたのか、誰かに支配されていたのか、被害者へ謝罪したのか、改心後にどのような責任を負ったのかは、それぞれ異なります。
その違いを無視して、すべてを「改心して許された」でまとめるのは正確ではありません。
同時に、個別の事情が違っていても、同じような救済が数年にわたって続けば、視聴者には一つのパターンとして見えてきます。
一人ずつ見れば丁寧でも、並べると同じに見える。
この二つの見方を両方残したまま検証することが、今回の悪役改心を考える出発点です。
今回の問題は昔から改心する悪役がいたことではない
プリキュアシリーズでは、かなり以前から敵との和解や救済が描かれてきました。
『ふたりはプリキュア Splash Star』の満と薫、『フレッシュプリキュア!』のイース、『スイートプリキュア♪』のセイレーン、『Go!プリンセスプリキュア』のトワイライトなど、敵だった少女が主人公側へ移る物語は、シリーズを代表する人気展開の一つです。
しかし、今回の議論で問われているのは、こうした追加戦士やヒロイン級キャラクターの存在ではありません。
追加戦士になる悪役ヒロインは物語上の役割が異なる
敵からプリキュアになるキャラクターは、最初から主人公たちの隣へ立つことを想定して作られています。
敵だった時期の行動も、仲間入り後の葛藤や成長へつながるよう設計されています。玩具や番組宣伝においても、追加戦士は年間物語を動かす大きな存在です。
視聴者も「どうして許されたのか」だけではなく、「いつ仲間になるのか」「どのように本来の心を取り戻すのか」という期待を持って見ています。
もちろん、追加戦士であれば過去の行動を検証しなくてよいわけではありません。
ただし、今回問題視されている一般の敵幹部とは、登場時から与えられた役割が違います。同じ「元悪役」という箱へまとめると、現在の議論の輪郭がぼやけてしまいます。
一般の敵幹部まで救われる作品が続いて見える
現在の疑問に近いのは、プリキュアになる予定のない敵幹部が、主人公たちとの交流を経て改心し、最後には協力者や友人に近い立場へ移る展開です。
この流れ自体は最近始まったものではありません。
歴代シリーズを振り返れば、敵組織の幹部の多くが本来の姿へ戻った作品や、組織を離れて新しい生活を始めた作品は以前から存在します。
今回のポイントは、起源がどこにあるかではありません。
比較的近い時期の作品を並べたとき、改心・和解・再出発による決着が続いているように見えることです。
一作では納得できても、続けば「また改心か」に変わる
一人の悪役だけを見れば、その変化には十分な理由があるかもしれません。
孤独だった。組織内で認められなかった。力だけが価値だと教えられていた。主人公との交流によって、初めて別の生き方を知った。
こうした心の動きが物語の中で積み重ねられていれば、「この人物は変わったのだ」と納得できます。
ところが、その次の年も、その次の年も敵幹部が救われれば、視聴者の記憶には個別の事情より結末の形が残ります。
「バッタモンダーの変化は丁寧だった」
「それでも、近年は改心する敵が多すぎる」
この二つの感想は、矛盾せずに両立します。
一人の人生を見る視点と、シリーズ全体の型を見る視点。その距離が違うだけなのです。
近年のプリキュアでは悪役がどのような結末を迎えたのか
近年の作品を並べると、すべての敵が改心しているわけではありません。
改心した者、主人公側へ協力した者、対話によって別れた者、収監された者、最後まで変わらず倒された者がいます。
| 作品 | 主な敵の結末 | 特徴 |
|---|---|---|
| スター☆トゥインクルプリキュア | アイワーンがユニとの対立を経て赦される | 被害者と加害者の和解 |
| ヒーリングっど♥プリキュア | ダルイゼンやキングビョーゲンは改心せず倒される | 被害者が救済を拒む |
| トロピカル~ジュ!プリキュア | チョンギーレたちはプリキュアへ協力し、バトラーは倒される | 同じ組織内で結末が分かれる |
| デリシャスパーティ♡プリキュア | フェンネル、ナルシストルー、セクレトルーが収監される | 更生の余地と処罰を両立 |
| ひろがるスカイ!プリキュア | カバトン、バッタモンダー、ミノトンが最終決戦で協力する | 敵組織を離れたあとの再出発 |
| わんだふるぷりきゅあ! | トラメやザクロたちと対話し、最終的に別れを迎える | 動物との共生を軸にした和解 |
| キミとアイドルプリキュア♪ | 元チョッキリ団のメンバーが協力し、敵の中心にも歌を届けようとする | 闇を排除せずライブへ招く |
こうして見ると、「近年のプリキュアはすべての悪役を許している」という表現は正確ではありません。
『ヒーリングっど♥プリキュア』では、主人公が明確に救済を拒みました。『トロピカル~ジュ!プリキュア』では、協力へ転じた幹部と、最後まで企みを進めたバトラーで結末が分かれています。
『デリシャスパーティ♡プリキュア』では、敵だった者たちにも食事が分けられる一方、牢から解放されるわけではありません。
それでも、敵の事情を知り、戦いの外へ連れ出そうとする物語が続いていることも確かです。
「全員改心している」は言いすぎですが、「近年は救済型の決着が目立つ」という印象には、作品を並べたときの根拠があります。
プリキュアのアイワーンはなぜ許されたのか
近年の悪役改心をめぐる議論で、名前が挙がりやすいのが『スター☆トゥインクルプリキュア』のアイワーンです。
アイワーンは、単にプリキュアと何度も戦った敵幹部ではありません。彼女の行動によって、惑星レインボーに暮らしていた住民は石に変えられました。
惑星レインボー出身のユニにとって、アイワーンは故郷と仲間を奪った直接の加害者です。そのため、二人の関係は一般的な敵幹部とプリキュアの対立よりも重いものになっています(第19話「虹の星へ☆ブルーキャットのヒミツ!」)。
ユニとアイワーンは第38話で「許し合う」関係へ進んだ
第38話では、ユニとアイワーンが激しくぶつかり合います。
ユニは惑星レインボーと住民を奪われました。一方、アイワーンはバケニャーンとして潜入していたユニによって欺かれ、ノットレイダーでの居場所を失ったと考えていました。
二人が受けた被害の大きさや責任は同じではありません。しかし作中では、双方が相手によって居場所を失ったと訴える構図が置かれ、最後にユニがアイワーンを許すと告げています(第38話「輝け!ユニのトゥインクルイマジネーション☆」)。
ユニ役の上坂すみれさんも、この場面を「アイワーンとユニが同じ悲しみを共有して許しあうシーン」と振り返っています。
そのため、第38話については、ユニが一方的にアイワーンを免罪したというより、物語としては二人の「許し合い」を描いた回と説明するのが正確です。
参照:アニメイトタイムズ「上坂すみれ『スタプリ』リレーインタビュー第5回」
アイワーンは何もせずに許されたわけではない
アイワーンを「惑星を石にしたのに、許されただけの悪役」と説明するのも正確ではありません。
最終回では、アイワーンの技術によって惑星レインボーの住民が石化から解放されます。その後の時間では、アイワーンが惑星レインボーに残り、土地を豊かにするための研究や開発にも関わっている姿が描かれました。
つまり、アイワーンは自分が引き起こした被害の回復に直接携わっています(第49話「宇宙に描こう!ワタシだけのイマジネーション☆」)。
第38話で許し合ったあと、最終回で被害の回復と復興への参加まで描かれているため、「改心しただけで、何の責任も取らなかった」と断定することはできません。
アイワーンへの評価が分かれるのは描写の配分にある
一方で、惑星レインボーの住民一人ひとりとアイワーンが向き合う場面や、被害を受けた側へ長い時間をかけて謝罪する過程が詳しく描かれたわけではありません。
作品が明確に示したのは、ユニとの許し合い、石化を解くための協力、そして惑星レインボーの復興に携わる姿です。
これを十分な償いと受け止めるか、被害の大きさに対して短くまとめられていると感じるかによって、評価は分かれます。
ただし、事実として押さえておきたいのは、アイワーンには改心後の行動が描かれていることです。
アイワーンは、悪事を忘れられたまま仲間の輪へ入った人物ではありません。自分が石にした住民を元へ戻し、その星に残って復興へ関わるところまでが、彼女の結末になっています。
プリキュアのバッタモンダーは簡単に改心したのか
『ひろがるスカイ!プリキュア』のバッタモンダーも、悪役の改心をめぐって評価が分かれやすい人物です。
バッタモンダーについては、「急に善人になった」という説明は当てはまりません。敵として退場したあと、紋田として暮らす複数のエピソードがあり、第43話でましろと再び向き合っています。
一方、心境の変化が段階的に描かれたことと、過去に傷つけたすべての相手へ責任を果たしたことは、別に考える必要があります。
シャララ隊長を利用し、ソラを戦えない状態へ追い込んだ
バッタモンダーが行ったことの中でも、特に重いのがシャララ隊長を利用した作戦です。
重傷を負ったシャララ隊長をアンダーグエナジーで生かし、ランボーグとしてソラの前へ立たせました。
攻撃すればシャララを傷つける。浄化すれば、アンダーグエナジーによって保たれている命まで危険にさらす。その状況を前にしたソラは、「もう戦いたくない」と口にし、ミラージュペンも消えてしまいます(第22話「バッタモンダー最後の秘策!」)。
バッタモンダーは、ソラがシャララを尊敬していることを利用して、プリキュアとして戦う意志を折ろうとしました。
その後に紋田としてコミカルな姿を見せたことで、敵だった頃の行動との落差に引っかかった視聴者がいたことは理解できます。
紋田になっても、すぐに行動が改まったわけではない
プリキュアに敗れたバッタモンダーは、紋田と名乗り、ソラシド市で生活するようになります。
しかし、敵組織を離れた時点で改心したわけではありません。
ハロウィンではキュアパンプキンを名乗り、街の人たちからお菓子を奪いました。正体を見破られたあとは、街の人々に追い払われています(第39話「大魔女ヨヨとハロウィンパーティー!」)。
紋田として普通の生活を始めても、迷惑行為や身勝手な振る舞いは残っていました。
この段階を挟んでいるため、バッタモンダーの変化は、敗北した直後に突然起きたものではありません。
第43話では、ましろへ謝罪するところまで描かれた
第43話で紋田は、ましろが作っていた絵本を読みます。
絵本に登場する落ち葉へ自分を重ねていた紋田は、その落ち葉をハッピーエンドにしようとするましろに怒り、絵本を破り捨てました。さらに自分がバッタモンダーであることを明かし、ミラージュペンを奪います。
その後、アンダーグエナジーを取り込んだバッタモンダーは、自我を失う直前にミラージュペンをましろへ返しました。
プリズムシャインによって浄化されたあとは、ましろに謝罪して立ち去っています(第43話「プリズムシャイン!心を照らして!」)。
少なくとも、絵本を破ったことや、ましろに対して行ったことについては、謝罪までが作中で明確に描かれています。
ましろへの謝罪と、ソラたちへの責任は同じではない
バッタモンダーが第43話で謝った相手は、ましろです。
一方、シャララ隊長を利用してソラの心を折ったことについて、ソラやシャララ本人と改めて向き合い、同じように謝罪する場面は置かれていません。
終盤では、カバトンやミノトンとともにソラシド市を守る側へ回り、プリキュアたちに協力します(第48話「守れヒーロー!みんなの街!」)。
敵だった人物が、自分の意志で街を守る行動を選んだことは、変化を示す描写です。
ただし、最終決戦で協力したことを、ソラやシャララへ行ったことへの十分な償いと見るかは、視聴者によって異なります。
バッタモンダーの改心をめぐる議論では、次の二点を分けなければなりません。
- バッタモンダーが変化するまでの流れは描かれていたか
- 過去に傷つけた相手への責任が十分に描かれていたか
前者については、紋田としての再登場から第43話、最終局面での協力まで、複数の段階があります。
後者については、ましろへの謝罪は明確に描かれましたが、ソラやシャララとの問題は同じ密度では扱われていません。
この違いが、「丁寧に改心した」という評価と、「許され方が軽い」という評価が同時に生まれる理由です。
トロプリ・わんぷり・キミプリにも敵との和解が続いた
アイワーンやバッタモンダーだけを見れば、それぞれのキャラクターに対する個別の評価で終わります。
しかし、近年の作品を続けて並べると、一般の敵幹部やラスボスにも救済、和解、再出発の道が残される作品が続いています。
ただし、ここで紹介する人物が、すべて同じ意味で「改心」したわけではありません。
自分で敵組織を裏切った者、本来の姿へ戻った者、プリキュアとの交流を経て態度を変えた者、浄化によって別の存在へ変わった者が含まれています。
トロピカル~ジュ!プリキュアは敵幹部とバトラーの結末を分けた
『トロピカル~ジュ!プリキュア』では、チョンギーレ、ヌメリー、エルダが、最終局面でプリキュアへ協力しました。
三人がコワスンダーを引き止めている間に、プリキュアたちはバトラーと戦います。
一方のバトラーは最後まで計画を進め、スーパートロピカルパラダイスによって倒されました(第45話「やる気大決戦!輝け!トロピカルパラダイス!」)。
同じ敵組織に所属していた人物でも、三幹部とバトラーには違う結末が与えられています。
この作品は「敵幹部が全員無条件に許された」のではなく、プリキュアに協力した者と、最後まで計画を続けた者を分けました。
わんだふるぷりきゅあ!のトラメは友達として浄化を求めた
『わんだふるぷりきゅあ!』では、敵との戦い方そのものが、それまでのシリーズと異なっていました。
こむぎたちは、暴れる動物を倒すのではなく、本来の姿へ戻すことを目指して戦います。
トラメは、こむぎたちとの追いかけっこを楽しみ、フレンディから「もう友達でしょ」と呼びかけられます。その後、自分にもエターナルキズナシャワーを浴びせてほしいと頼み、浄化を受けました(第45話「ずっとずっと友達」)。
ザクロも、終盤でプリキュアたちの呼びかけに反応し、笑顔を見せています(第48話「ガオウの友達」)。
ガオウと呼ばれていた存在についても、物語の終盤でスバルとの関係や正体が明かされ、プリキュアたちは最後まで呼びかけを続けました(第49話「あなたの声」)。
『わんだふるぷりきゅあ!』の場合、敵との和解は終盤だけに突然加えられたものではありません。
動物を傷つけず、本来の姿へ戻すという戦い方を一年間続けた作品であり、トラメやザクロとの結末も、その方針の延長にあります。
そのため、他作品の人間型悪役とまったく同じ基準で比べることには注意が必要です。
キミとアイドルプリキュア♪はラスボスにも光を届けた
『キミとアイドルプリキュア♪』では、カッティーとザックリーとして戦っていた二人が、本来のカッティンとザックリンへ戻りました。
終盤では、二人がチョッキリーヌの攻撃を受け止め、プリキュアを助けています。さらに、かつての仲間であるチョッキリーヌにも「また3人でいっしょにやろう」と呼びかけました(第47話「Trio Dreamsリターンズ!?」)。
プリキュアたちは、ダークイーネを倒すことだけを目標にせず、ファイナルライブのスペシャルゲストとして招待します(第48話「ファイナルライブ!ダークイーネをご招待」)。
最終的にダークイーネは光を受け入れ、妖精の姿へ変わりました。キラキランドとクラクランドも、ともに歩み始めています(第49話「キミと一緒に!キラッキランラン♪」)。
敵だった者が協力者になるだけでなく、ラスボスまで新たな姿で残る結末です。
一人ずつ事情が違っても、続けて見れば同じ傾向に映る
トロプリの三幹部は、自分たちでバトラーに対抗しました。
わんぷりのトラメは、こむぎたちと遊んだあと、自分から浄化を求めました。
キミプリのカッティンとザックリンは、本来の姿へ戻ったキャラクターです。ダークイーネも、最終的に光を受け入れて別の姿になりました。
事情も結末も同一ではありません。
ただ、視聴者が毎年の最終局面を続けて見た場合、「敵が理解される」「敵側の人物が協力する」「消滅ではなく新しい道が残る」という共通点が強く見えてきます。
個々の作品では自然な結末でも、複数年分を並べれば「また敵が救われるのか」という印象へ変わることがあります。
近年の悪役改心をめぐる議論は、一つの作品の描写だけではなく、この積み重なりを見ているのです。
プリキュアにも改心せず倒された悪役はいる
近年のプリキュアでも、すべての悪役に救済が与えられているわけではありません。
相手が助けを求めても、主人公がそれを拒んだ例があります。その代表が、『ヒーリングっど♥プリキュア』のダルイゼンです。
ダルイゼンはのどかに拒まれたあとも利用しようとした
ダルイゼンは、かつて花寺のどかの体内で成長し、彼女を長期間苦しめた存在です。
キングビョーゲンに追われたダルイゼンは、のどかへ「お前の中にかくまってくれ」と頼みます。しかし、のどかはその要求を拒みました。
その後、ダルイゼンはメガパーツをすべて取り込み、巨大なビョーゲンズへ変化します。自我を失いかけた状態でも、駆けつけたのどかを利用しようとしました。
のどかは要求を受け入れず、ダルイゼンに立ち向かいます。浄化されて元の姿へ戻ったダルイゼンは、最後にキングビョーゲンへ取り込まれました(第42話「のどかの選択!守らなきゃいけないもの」)。
ここでは、悪役が助けを求めたことだけを理由に、主人公が救済を引き受ける展開にはなっていません。
ダルイゼンは、のどかの体をもう一度利用しようとしたまま行動を変えず、最後まで和解には至りませんでした。
プリキュアは相手の行動によって結末を描き分けている
アイワーンは、ユニと許し合ったあと、惑星レインボーの石化解除と復興に関わりました。
バッタモンダーは、ましろへ謝罪し、最後には街を守る側へ協力しました。
トロプリの三幹部は、バトラーの計画を止めるためにプリキュアへ力を貸しました。
一方、ダルイゼンは、追い詰められたあとも、のどかを自分のために利用しようとしました。
救われたか、倒されたかという結果だけでなく、最後に何を選び、どのような行動を取ったかによって結末が変わっています。
近年のプリキュアに改心する悪役が多いことは確かですが、相手が助けを求めれば必ず許される作品ではありません。
デリシャスパーティ♡プリキュアは改心と処罰を両立した
悪役の処遇をめぐる議論で、『デリシャスパーティ♡プリキュア』が比較対象として挙げられやすいのは、敵だった人物に明確な処罰が残されたからです。
フェンネルたちは最終回でも牢に入っている
最終回では、フェンネル、ナルシストルー、セクレトルーが牢に入っています。
敵としての活動を終えたからといって、自由になり、主人公たちと同じ日常へ戻ったわけではありません。
一方、クッキングダムの祝いで切り分けられたケーキは、牢にいる三人にも配られました(第45話「デリシャスマイル~!みんなあつまれ!いただきます!!」)。
自由は制限され、行ったことへの責任は残る。
しかし、祝いの食事を分け合う相手からは外されない。
この二つが同じ場面で描かれています。
デパプリは「救済か処罰か」の二択にしなかった
フェンネルたちは、倒されたあとに消滅したわけではありません。
反対に、改心の兆しがあることを理由に、すぐ解放されたわけでもありません。
処罰を受けながら、その後に変わる可能性も残されています。
そのため、『デリシャスパーティ♡プリキュア』は、悪役を殺さずに責任を示した例として、現在の議論でも名前が挙がりやすくなっています。
救われることと、何の責任も負わないことは同じではない。
この違いを、牢という分かりやすい形で見せた作品です。
プリキュアで悪役の改心が多い理由は単純な勧善懲悪にしないから
プリキュアで改心や和解が繰り返される背景には、シリーズが以前から持ってきた作品づくりの考え方があります。
2012年、当時プロデューサーを務めていた梅澤淳稔さんは、親子で楽しめる作品を目指し、「勧善懲悪にはせずに、幸せや悪とは何か?」というテーマを盛り込んでいると語りました。
参照:MANTANWEB「プリキュア:人気の秘密は王道と革新性」
これは2012年当時の発言です。
歴代すべての作品で悪役を改心させるという統一規則や、現在まで変わらない制作方針が公表されたものではありません。
ただし、プリキュアが善人と悪人を単純に分け、悪を倒した時点で終わる作品だけを目指していなかったことは、この発言から確認できます。
「悪とは何か」を扱えば、悪役が変わる余地も生まれる
悪を生まれつき変わらない属性として扱えば、敵を倒すことが物語の答えになります。
一方、敵がなぜその組織に所属したのか、どのような考えで他人を傷つけたのか、別の価値観に触れたあとで何を選ぶのかまで描けば、悪役が変化する余地が生まれます。
アイワーンはユニと許し合い、被害を受けた星の復興へ関わりました。
バッタモンダーは敵組織を離れ、紋田として暮らす時間を経て、街を守る側へ協力しました。
トロプリの三幹部は、最後にバトラーへ従わない選択をしました。
こうした結末は、敵を倒すだけでなく、その人物が最後に何を選ぶのかまで描こうとする作品と相性がよいものです。
同じ作品思想が続けば、結末の型にも見えてくる
敵にも変わる機会を残すことは、プリキュアシリーズの特徴の一つです。
ただし、同じ方向の結末が何作も続けば、「今回も最後には救われるのではないか」という予測が生まれます。
一人ひとりの改心が丁寧に描かれていても、シリーズ全体では似た決着が繰り返されているように見えることがあります。
悪役の救済という考え方が間違っているというより、同じ考え方を毎年どのような違う結末として見せるかが、今後の課題になるのでしょう。
悪役の改心は女児に受け入れられやすい物語なのか
プリキュアで改心や関係修復による結末が多い理由を考えるとき、メインターゲットである女児の存在も外せません。
ただし、「女児向けだから仕方がない」という一言で、大人の疑問を退けるべきではありません。
女児向けであることは、作品の作り方を考える材料にはなりますが、描写への批評を無効にする盾ではないからです。
プリキュアは子どもの好みや反応を制作へ取り入れてきた
梅澤淳稔さんは、女児が憧れるものや好きなものを調査したところ、ピンクや黄色が好まれていたため、作品へ取り入れたと説明しています。
『フレッシュプリキュア!』からエンディングへダンスが導入された背景にも、ダンスを好きな子どもが増えているという調査結果がありました。
また鷲尾天さんは、劇場版でプリキュア同士が戦った際に泣き出す子どもがいたため、その後は同じような戦いを描かないようにしたと語っています。
参照:MANTANWEB「プリキュア:人気の秘密は王道と革新性」
色やダンスの事例だけで、悪役を改心させる理由まで証明できるわけではありません。
それでも、プリキュアの制作で、主な視聴者である子どもの好みや実際の反応が判断材料にされてきたことは分かります。
改心や仲直りは「やり直せる」という結論を示しやすい
ここからは、わたしの考察です。
悪役を倒して消滅させる結末は、相手の行動を止めるという点では明快です。
一方、改心、謝罪、仲直り、再出発を描く結末は、「間違った行動をしたあとでも、行動を変えることはできる」という答えを示せます。
プリキュアのメインターゲットである女児にとっても、人間関係を修復し、もう一度やり直す物語は受け入れやすいのではないか。
わたしは、これが近年も改心や和解による結末が選ばれやすい理由の一つだと考えています。
ただし、スタッフが「悪役を改心させるのは女児からの受けがよいから」と直接語った資料はありません。
子どもの反応を制作へ取り入れてきた事実と、シリーズで実際に救済型の結末が繰り返されていることをつないだ、わたしの見解です。
女児向けでも、悪事への責任は描ける
「女児に届きやすい結末」と「悪事への責任」は、どちらか一つしか選べないものではありません。
アイワーンのように、壊したものを自分の技術で元へ戻し、復興に関わる姿を描くこともできます。
『デリシャスパーティ♡プリキュア』のように、牢で責任を負わせながら、食事を分けることもできます。
バッタモンダーのように、改心までの過程を描くのであれば、その後に過去の被害者と向き合う姿を加えることもできたでしょう。
子ども向けであることは、責任の描写を省く理由にはなりません。
むしろ「人はやり直せる」と伝えるのであれば、やり直すために何をするのかまで描くことで、改心の意味はより分かりやすくなります。
大人がプリキュアの悪役改心を批判するのは間違いなのか
大人の視聴者が、子ども向け作品の悪役へ謝罪や処罰を求めること自体は、間違いではありません。
悪役が行ったことを覚えていれば、その人物がどのように責任を負ったのかが気になるのは自然です。
一方で、敵だった人物が変わり、別の人生を選ぶ姿を見たいという意見も成立します。
改心を評価する人は、変化の過程を見ている
バッタモンダーについて、改心までの流れはきちんと描かれていたと評価する人は、紋田として暮らした期間や、ましろとの複数回の交流、第43話での謝罪、最終局面での協力を見ています。
アイワーンについても、ユニとの許し合いだけでなく、最終回で石化を解除し、惑星レインボーの復興に携わったことまで含めて評価する必要があります。
こうした描写を無視して、「一言謝って許された」とまとめれば、実際の物語より単純な説明になってしまいます。
批判する人は、被害と責任の描写を見ている
反対に、改心の結末へ疑問を持つ人は、単純に悪役が変わったかどうかを見ているわけではありません。誰を傷つけ、どのような被害を与え、その相手へ何を返したのかを見ています。
バッタモンダーがましろへ謝ったことは確認できますが、ソラやシャララへの謝罪は同じ形では描かれていません。
アイワーンには復興への参加が描かれていますが、惑星レインボーの住民と向き合う過程は短くまとめられています。
改心の過程を評価する意見と、責任の描写を求める意見は、見ている場面が違います。
どちらかが作品を理解していないと決める必要はありません。
丁寧な改心でも「また改心か」と感じることはある
一人の悪役の変化が丁寧に描かれていることと、シリーズ全体の結末が新鮮に見えることも別です。
アイワーン、トロプリの三幹部、バッタモンダーたち、トラメやザクロ、カッティンやザックリン、ダークイーネ。
それぞれの事情は異なりますが、敵が理解され、新しい道を与えられる結末が続いています。
そのため、個々の展開には納得できても、シリーズ全体では「また救済で終わるのか」と感じることがあります。
これは改心の過程を見落としているのではなく、シリーズを長く見てきたことで、結末の共通点が目につくようになったということです。
プリキュアの悪役は許されすぎなのか
プリキュアの悪役が許されすぎているかどうかは、一人ずつ確認しなければ答えられません。
アイワーンは、ユニと許し合っただけでなく、惑星レインボーの石化解除と復興に関わっています。
バッタモンダーは、複数のエピソードを経て行動を変え、ましろへ謝罪し、最後には街を守る側へ協力しました。
トロプリの三幹部は、最後にバトラーへ反対し、プリキュアへ力を貸しました。
トラメは、こむぎたちと遊んだうえで、自分から浄化を求めています。
「何の流れもなく善人になった」「悪事をしたまま全員が無条件で許された」とまとめるのは正確ではありません。
一方、すべての人物について、過去に傷つけた相手への謝罪や償いが詳しく描かれているわけでもありません。
改心するまでの物語は描かれていても、改心したあとの責任は短く終わる場合があります。
近年のプリキュアに不足していると感じられているのは、救済そのものではなく、救済後の描写なのかもしれません。
改心しても、被害者がすぐ許すとは限らない。
味方に協力しても、過去の責任まで消えるわけではない。
社会へ戻るまでに時間がかかる。
壊したものを直しながら、少しずつ信頼を取り戻す。
こうした異なる結末が増えれば、「改心するか、倒されるか」という二択を超えられます。
まとめ|プリキュアの悪役改心は丁寧でも、連続すれば疑問が生まれる
今回問題視されているのは、昔から追加戦士になる悪役ヒロインがいたことではありません。
比較的近年の作品で、プリキュアにはならない一般の敵幹部やラスボスにも、改心、和解、再出発の道が続けて与えられていることです。
アイワーンはユニと許し合い、惑星レインボーの石化解除と復興に関わりました。
バッタモンダーは紋田として過ごす時間を経て、ましろへ謝罪し、最後には街を守る側へ協力しました。
そのため、二人を「何もせず、簡単に許された悪役」と呼ぶことはできません。
一方で、すべての被害者との対話や、悪事に対する責任が同じ密度で描かれたわけでもありません。
改心までの流れが丁寧だったという評価と、責任の描写が足りないという評価は、どちらも作品内の異なる部分を見た意見として成立します。
悪役の改心が多い背景には、プリキュアを単純な勧善懲悪にせず、「幸せや悪とは何か」を感じてもらおうとする作品づくりの考え方があります。
さらに、わたしの考察では、メインターゲットである女児にとって、相手を消滅させる結末より、間違いを認めて関係を修復し、やり直す結末のほうが受け入れられやすいことも影響しているのでしょう。
ただし、「女児向けだから」の一言で、大人の意見を退けることはできません。
子どもへ届ける物語として救済を選ぶ理由は説明できます。それと同時に、救われた人物が過去の行動へどう責任を負うのかを求める批評も成立します。
改心による救済を好むか、処罰や償いを強く求めるかは、最後には個人の好みです。
プリキュアが悪役へやり直す道を残すのであれば、次に見たいのは、その道を歩き始めたあとの姿です。
誰に謝り、何を直し、どのように信頼を取り戻していくのか。
悪役の改心に今後求められるのは、救済を減らすことだけではなく、救われた先の責任まで丁寧に描くことではないでしょうか。
プリキュアの悪役と改心に関するよくある質問
アイワーンは何も償わずに許されたのですか?
何もしていないわけではありません。ユニと許し合ったあと、最終回ではアイワーンの技術によって惑星レインボーの住民が石化から解放されます。その後も惑星レインボーに残り、土地を豊かにするための研究や開発に関わっています。
バッタモンダーは突然改心したのですか?
突然ではありません。敗北後は紋田として複数回登場し、ましろとの交流が描かれました。第43話では、アンダーグエナジーに自我を奪われる直前にミラージュペンを返し、浄化後にはましろへ謝罪しています。終盤ではカバトンたちとともに街を守る側へ協力しました。
バッタモンダーはソラやシャララ隊長に謝りましたか?
第43話で明確に謝罪した相手はましろです。シャララ隊長を利用してソラを追い詰めた件について、ソラやシャララ本人へ同じ形で謝罪する場面は描かれていません。この点が、改心までの流れを評価する意見と、責任の描写が足りないとする意見を分けています。
近年のプリキュアはすべての悪役を改心させていますか?
すべてではありません。『ヒーリングっど♥プリキュア』のダルイゼンは、のどかを再び利用しようとしたまま和解に至らず、キングビョーゲンに取り込まれました。『トロピカル~ジュ!プリキュア』でも、三幹部が協力する一方、バトラーは最後まで計画を続けて倒されています。
プリキュアで悪役の改心が多いのはなぜですか?
制作側は過去に、プリキュアを単純な勧善懲悪にはせず、「幸せや悪とは何か」を感じてもらえる作品にしていると説明しています。悪役を倒すだけでなく、最後に何を選ぶかまで描く考え方が、改心や和解と結びつきやすいと考えられます。
女児向けだから悪役が改心するのですか?
スタッフが「女児からの受けがよいため悪役を改心させている」と直接語った資料はありません。ただし、子どもの好みや反応を色、ダンス、戦闘表現へ反映してきた事例はあります。改心や関係修復の結末も、主な視聴者が受け止めやすい形として選ばれているのではないか、というのがわたしの考察です。
情報ソース
- 『スター☆トゥインクルプリキュア』第19話「虹の星へ☆ブルーキャットのヒミツ!」
- 『スター☆トゥインクルプリキュア』第38話「輝け!ユニのトゥインクルイマジネーション☆」
- 『スター☆トゥインクルプリキュア』第49話「宇宙に描こう!ワタシだけのイマジネーション☆」
- アニメイトタイムズ「上坂すみれ『スタプリ』リレーインタビュー第5回」
- 『ひろがるスカイ!プリキュア』第22話「バッタモンダー最後の秘策!」
- 『ひろがるスカイ!プリキュア』第39話「大魔女ヨヨとハロウィンパーティー!」
- 『ひろがるスカイ!プリキュア』第43話「プリズムシャイン!心を照らして!」
- 『ひろがるスカイ!プリキュア』第48話「守れヒーロー!みんなの街!」
- 『トロピカル~ジュ!プリキュア』第45話「やる気大決戦!輝け!トロピカルパラダイス!」
- 『わんだふるぷりきゅあ!』第45話「ずっとずっと友達」
- 『わんだふるぷりきゅあ!』第48話「ガオウの友達」
- 『わんだふるぷりきゅあ!』第49話「あなたの声」
- 『キミとアイドルプリキュア♪』第47話「Trio Dreamsリターンズ!?」
- 『キミとアイドルプリキュア♪』第48話「ファイナルライブ!ダークイーネをご招待」
- 『キミとアイドルプリキュア♪』第49話「キミと一緒に!キラッキランラン♪」
- 『ヒーリングっど♥プリキュア』第42話「のどかの選択!守らなきゃいけないもの」
- 『デリシャスパーティ♡プリキュア』第45話「デリシャスマイル~!みんなあつまれ!いただきます!!」
- MANTANWEB「プリキュア:人気の秘密は王道と革新性」
本記事では、作品内で明示された行動や結末、公開されている公式情報、出演者の発言をもとに記述しています。キャラクターが心の中で何を考えていたのかについて、制作側や出演者による裏付けが確認できない独自解釈は使用していません。
「悪役の改心がメインターゲットの女児に受け入れられやすい」という見方は、スタッフが直接明言した公式見解ではありません。子どもの好みや反応が制作判断へ取り入れられてきた事例と、近年の作品で救済型の結末が続いている事実をもとにした、わたしの考察です。
情報確認日:2026年8月6日

